地域イノベーションとは何か
地域でイノベーションを起こして地域を活性化させる取り組みが各地で行われています。
地域イノベーションという言葉をよく聞きますが、それが指す言葉の意味が曖昧です。
そこで、地域イノベーションに関する特徴を見てみると以下の点が挙げられます。
地域イノベーションのタイプ・類型
地域もイノベーションも多義的なため地域イノベーションは多様と言えます。そこで地域イノベーションの取組みを俯瞰してみますと、地域イノベーションは大きく5つに分類できます。
第1は、ハイテク主導型の地域イノベーションです。
この地域イノベーションは、研究能力の高い大学を中心とし、地域内および地域内外の産学官の組織が連携し、技術基盤を成長のエンジンと位置づけて行う取組みです。
ハイテク型は先端科学技術を活用し、ラディカル(革新的)なイノベーションの創生を目指す取組みであり、国のナショナル・イノベーション・システムの一部を構成するものです。
代表例としてシリコンバレーが挙げられます。政府の地域イノベーション政策の多くはハイテク型の地域イノベーションの創出を目標としています。科学技術型のハイテクイノベーションは国際的な競争が激しく、一般的に多額の研究開発費を必要とします。
第2に、ローテク主導型は、技術の応用分野が必ずしも先端分野ではない地域イノベーションです。
ローカル地域ではハイテクでないイノベーションの実現性が高いです。特にものづくり系、食品・農林水産系のイノベーションはこのカテゴリーに入り、改善型のイノベーションである場合が多いです。
第3に、特定の地域や場所における先導的テストベッドまたはリビングラボとしての地域イノベーションの活動です。
スマートシティや高齢化社会への対応などの社会課題を解決するためには様々な技術や知識の創造・融合が必要であり、研究開発を社会実装に結びつけるために都市・地域の内外の機関が産学官によりオープン・イノベーションに取り組んでいます。
しかし、必ずしも地域内で生産活動の価値連鎖が埋め込まれるとは限らないという課題があります。
第4に、社会イノベーションの取組みがあげられます。最近は経済的利益や経済成長を追求する取組みより社会的改善を目指す取組みへの関心が高まっているおり、近年、地域の社会課題解決のための社会イノベーションが注目されています。
第5に、地域内の組織を中心に関係を構築し、地域の資源を活用した内発的に創出された地域活性型のイノベーションがあります。
各地で取り上げられている地域イノベーションの取組みを見ると、ちょっとした改善・改良でも革新的(イノベーティブ)と銘打っています。
これらは、地域活性化の取組みの当代的表現として地域イノベーションと称しているもの、つまり政治的・政策的タームとしての地域イノベーションと言えます。
地域イノベーション・システムの構成
従来、イノベーションは、企業内で起こされるものと捉えられてきましたが、現在では、企業単体ではなく他企業とのアライアンスや大学や公設試験研究機関との連携など企業外とのネットワークの中で起きるものであると捉えられるようになってきています。
つまり、イノベーション創出のためには制度的環境が重要になってきています。
地域イノベーション・システムは、地域の生産構造におけるイノベーションをサポートする制度的インフラと解釈することができます。
そのような地域イノベーション・システムの構成要素は下図のような構造となっています。
活動の中心として地域の産業企業群を囲う顧客、下請業者、協力企業、競争企業からなるクラスターがあり、知識の適用・活用のサブシステムとして位置づけられています。
そして、それを支える技術仲介機関や教育機関などの知識の創造・普及のサブシステムと、行政や地域開発会社による地域政策のサブシステムの3部分により地域イノベーション・システムが構成されています。
そして、それらサブシステム間では政策などを介して知識、資源、人的資本のフロー及び相互作用が生じています。
同時に、地域イノベーション・システムは国のイノベーション・システムや国際的な諸組織・政策の影響を受けています。
そして、現在、世界各地でイノベーションを生むための空間的制度としてのイノベーション・システムの構築競争が行われています。
Trippl and Tödtling (2008)
地域イノベーションの研究動向
1992年のクック(Cooke)の論文を嚆矢として、地域イノベーションに関する研究が盛んになっていきました。
地域イノベーション・システムという言葉は1990年内半ばごろからみられている用語です。
近年の地域イノベーションに関する特徴として、イノベーション・システムの性質的変化に関する議論と、対象地域として都市のイノベーションがよく取り上げられる点が挙げられます。
地域イノベーション・システムの進化
(1)システムからエコシステムへ
近年、地域イノベーションシステムの議論は、イノベーションの創出には地域の持つ文化や風土が大きく影響しているという観点により、工学的な視点であるシステム論から生態論的なエコシステム論に推移しています。
シリコンバレーは、人々、企業そして制度と、それらのネットワークとさまざまな相互作用から成り立っている自然の生息地であり、それは複雑で、流動的な、相互依存関係なため生態学的で真似しにくい点が特徴です。
イノベーションのエコシステムの特徴として、企業の協働的関係性の構築しやすさがあります。同時に、ITやデジタル技術などでその関係性の構築は容易になっているとしている。
イノベーション・エコシステムは、個人や事業などの活動者(actors)と活動(activities)と製品や技術など(artifacts)で構成される進化系です。
また、エコシステムでは技術などの知識創造活動が盛んである点の他に、起業活動が盛んである点が挙げられれます。
新たなベンチャー企業の創出とそれらの企業の創出を支援するベンチャー・キャピタルやアクセレレーターが重要な役割を果たしています。
(2)3重らせん構造モデルから4重らせん構造モデルへ
イノベーションの創出を促進させるためには、多様な組織との結びつきによる新たな知の創造が求められています。
その代表的モデルとして企業、大学や研究機関、自治体などの行政機関の3つの組織が相互に影響を与え合いながら共に進化していく制度的枠組みが必要であり、エツコウィッツはそのような産学官の連携の仕組みを3重らせんモデル(Triple Helix)としていっます(Etzkowitz and Leydesdorff, 1995)。
しかし、従来の3重らせんモデルでは産業界のニーズにあった産学官連携が図られることが多く、大学の行き過ぎた商業化や社会的格差が放置されることもあります。
また、スマートシティにおけるリビングラボで市民の役割がイノベーションの創出において重要となっているため、最近ではイノベーションのプレイヤーとして産業・学術・行政のほかに市民や非営利団体などを含めた4重らせん構造(Quadruple Helix)の重要性が指摘されています。
アーバン・イノベーション・システム
元々、都市は多様なアクターによる異種受粉効果が働くため、創造性が高く、イノベーションが起きやすいとされてきました。
最近、地域イノベーションの議論は、地域という漠然とした空間から都市に焦点が移っています。
ITおよびデジタル技術は現代において発展著しい汎用技術であり、都市はITおよびデジタル技術開発のための場となっています。
自動運転などのモビリティ技術や、エネルギーシステム、防犯・監視システム、電子決済システムなど、デジタル技術により新たなサービスが開発されています。
それらはスマートシティーにおける中核的な取組みです。それらのサービスは、試験的に社会で実際に使いながら改良を図る形で開発されています。
そのような試験的に開発が行われる場をリビングラボと言います。それらを総称して、アーバンイノベーションと呼称されます。
また、都市では様々なデータが収集され始めているため、AIなどを使用し、それらデータの分析が行われています。
これはアーバンデータサイエンスとして新たな研究のフィールドが広がっていることを意味します。そして、スマートシティをイノベーションシステムと捉えることも可能です。
地域イノベーションの事例
日本全体において科学技術力の停滞が指摘されてる中、国内において地域イノベーションの事例を探すのは難しいのですが、その中で特徴的な事例を4件紹介します。
▼神戸モデル
神戸市では1995年の阪神大震災後の地域の産業創造として、医療産業にターゲットを絞り産業振興を図っていきました。ポートアイランドを中心に病院や研究機関などの集積が見られます。
神戸は地域イノベーション・システムの事例としてよく取り上げられています。しかし、国際的に有名な中核となる機関・企業がなく、競争力のある産業にはまだ育っていないのが現状と言えます。
▼福岡モデル
福岡市では起業促進をテーマに、内閣府の国家戦略特区を活用し地域活性化を図って最近注目を集めています。
福岡市および九州において半導体の産業集積は見られますが、福岡県では経産省や文科省のクラスター政策では半導体開発をテーマにイノベーションの創出を図っていました。
現在の起業促進の取組みと半導体開発促進は直接的な関係はありません。
▼鶴岡モデル(山形県)
2001年に慶応大学先端生命科学研究所が進出してから、2003年に「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ」が設立され、2013年12月に東証マザーズ市場に上場しました。
その後も、人工クモ糸繊維の量産化技術を確立した「Spiber」(2007年)、唾液からがんなどの疾患を検査する技術を開発した「サリバテック」(2013年)、独自のバイオ医薬品開発プラットフォームを有している「MOLCURE」(2013年)、人の便から腸内細菌の遺伝子情報を分析する「メタジェン」(2015年)、移植用の心臓組織の製造する「メトセラ」(2016年)と6つのバイオベンチャーが生まれ注目されています。
鶴岡の取組みは「鶴岡の奇跡」と呼ばれています。
▼豊岡モデル(兵庫県)
豊岡市では、野生コウノトリの人工繁殖に取り組んできた地域であり、コウノトリを育む環境にやさしい農法を活用した稲作が行われています。
それを契機として自然共生社会として持続可能な地域社会の構築を目指し、コウノトリツーリズムや、自然エネルギーの利用の促進、環境型の企業の集積を目指す取組みが行われています。
ローテク型のローカルイノベーションの取組みと言えるでしょう。
地域イノベーションの課題
国や行政が中心となって、(科学技術型の)イノベーションを創出する取り組みがされてきましたが、地域イノベーションの課題として、以下の2点があげられます。
(1)イノベーションのインパクトおよび地域への波及
各地で公的支援をうけながら新しい製品を生み出している事例がいくつか見られます。しかし、大きなインパクトを残しているとは言い難い状況です。その要因として、5点が考えられます。
第1は、ハイテクであれば革新的なイノベーションであるとは限らないのと同様に、学術的価値が高いからと言ってそこから生み出される経済的価値が高いとは限らない点が挙げられます。
特に文部科学省のイノベーション支援策は、大学の科学知の実用化をめざしているため、学術的価値のある技術シーズを起点とした取り組みが多かったです。
イノベーションの取組みにおける応用分野が成熟産業であると、市場の成長性が高いとは言えず、そのためイノベーションは改善(漸進)的なものになる可能性が高いです。
第2は、地域イノベーションの波及は国の産業システムに依存するということが考えられます。
多くのイノベーションとは社会を一変させるようなラディカルなものではなく、改善的(漸進的)なイノベーションでは産業システムを変革させるほどのインパクトはありません。国の産業システムが成熟化しており、既存産業の成長性が低ければ、そこで創造されたイノベーションのインパクトも弱いと言えます。
また、国全体の科学技術力が停滞している中では、特定の地域だけに画期的なイノベーションの成果を求めることが難しい現状となっています。
第3は、イノベーションのネットワーク拠点における卓越性の未確立な点が指摘できます。研究開発の拠点はイノベーションのためのネットワーク拠点としての卓越性を構築して国際的に認識されている状況にはなっていない例が多いです。
そのため、国際的な視点に立った技術陣やビジネス人材、資金の調達が難しい状況があります。
第4は、研究テーマは成果の上げやすいものに走りがちとなり、イノベーション政策と言いながらも現実的には、不確実性の高いイノベーションにはチャレンジしにくい状況となっています。
大学などが助成を受けている研究開発事業の多くは、近年、短期間で実用化という成果を求められています。
そのため、その成果が出やすいプロジェクトを行う傾向が強くなります。
第5に、イノベーションと地域経済との連鎖が課題として挙げられます。
地域大学と地域内企業が連携して共同研究を行い、その成果が商品化されたとしても、地域で受け皿となる企業がなければ地域内での売り上げや雇用などの経済効果は限定的となります。
(2)イノベーションの領域とマネジメント
地域イノベーションは、シーズの開発からその実用化に至る研究開発から生産まで一つの地域で一貫して行われているのではなく、地域内組織で行われるフェーズもあれば地域外組織を中心に行われるフェーズもあり、様々な地域(場所)で空間的に分業して行われます。
地域イノベーションは、地域内の産学官組織の連携のみならず、地域外の企業が関与することにより加速されています。
その結果、地域イノベーションの政策を展開する行政の領域とイノベーション活動の領域が異なっています。
地域イノベーションは地域の主体的な関与があって成功します。
しかし、自治体が地域内での成果に固執しすぎると、イノベーションで必要な機能や技術を持った地域外企業を排除する可能性があります。
また、地域外企業の参加は、イノベーションの加速要素ですが、同時にイノベーションの成果が地域外へ漏出する原因にもなりえます。
そこに地域イノベーションにおける活動と行政の領域性におけるジレンマがあります。
また、地域を行政的領域として捉えると、そのイノベーション活動は、場合によっては地域内での関係構築が優先され、地域の既得権者を中心とした設計がなされ、地域振興は既存資源の活用に拘った縮小均衡的な動きがとられることがあります。
その結果、マンネリ化つまり負の固定化(ロックイン)に陥ってしまい、革新的なイノベーションを生むことは難しくなってしまいます。