台湾は、今や「シリコンアイランド」として、世界の半導体市場で確固たる地位を築いています。その成功の背景には、政府の支援、シリコンバレーとの協力関係、そして新竹科学工業園区を中心とした産業クラスターの形成がありました。本記事では、台湾がどのようにして半導体産業を発展させ、現在の競争力を維持しているのか、その歴史や背景を紐解き、主要企業の戦略や今後の課題についても考察します。(→新竹科学工業園区については「台湾のシリコンアイランド戦略②」をお読みください。)
1.台湾の半導体産業の成長背景
台湾は「シリコンアイランド」と呼ばれるほど、半導体分野での競争力を高め、世界的な地位を確立しました。この成功の背後には、台湾独自の産業構造転換と、政府の綿密な政策の影響がありました。台湾の経済は、過去数十年にわたり製造業の進化とともに成長してきました。特に1980年代にサイエンスパークを建設し、PCや半導体といった技術集約型産業を中心としたクラスターを形成し、発展してきました。
1.1 台湾の産業構造転換
台湾の成長の歴史を遡ると、1950年代から1960年代にかけては、安価な労働力を活かした労働集約型産業が台湾経済の主力でした。繊維や玩具などの分野が中心となり、輸出収益を上げる重要な役割を果たしていました。しかし、1970年代に入ると、賃金の上昇や国際競争の激化により、単純な労働集約型産業だけでは成長の限界が見えてきました。これを受け、台湾政府は経済の柱を変えるべく新たな方針を掲げ、より技術的に高度な製品を作り出す技術集約型産業への転換を推進しました。
台湾は積極的に輸出志向型工業化政策を採用しました。この政策は単に製品を国外に輸出するだけでなく、外資の導入や技術移転を積極的に図るものでした。多くの海外企業が台湾市場に参入し、台湾の企業はそれらから技術を学び取り、さらに自国の技術力を高める機会を得ました。特に1980年代には、台湾はサイエンスパークを設立し、ここで半導体をはじめとするハイテク産業の基盤を構築しました。こうした政策のもと、台湾は労働集約型から技術集約型産業へと大きなシフトを遂げ、世界的な半導体生産地へと変貌を遂げたのです。
1.2 台湾PCメーカーの成長
台湾の輸出志向型工業化政策とPC産業の発展
台湾の成長の一端を担ったのがPC産業の発展です。1980年代以降、PC市場が急速に成長し、台湾は世界のPC製造拠点のひとつとして重要な役割を果たしました。これには、台湾政府の政策と産業界の戦略的な決断が密接に関係しています。
その結果、台湾は次第にPC製造拠点としての地位を確立し、Acer(エイサー)やASUS(エイスース)など、世界的なPCメーカーが誕生しました。これらの企業は、台湾国内だけでなく、アジア全体のPC生産をリードし、台湾のPC産業の国際的な評価を高めました。
産業集積とPC市場の急成長
台湾のPC産業の成功には、地理的に近い場所に関連企業が集まり、互いに協力しながら成長する産業集積が大きく寄与しました。PCの生産には、部品の調達や組み立て、輸送などが重要で、これらのプロセスを効率化するために、企業が密接に連携して作業を行う必要があります。台湾は小さな島国であり、自然と企業が近距離に集まる環境が整っていたため、迅速なサプライチェーンの形成が可能でした。この産業集積により、台湾のPCメーカーは迅速に市場の需要に応え、コストを抑えながら高品質のPCを供給することができました。
さらに、台湾のPCメーカーはOEM(相手先ブランドによる製造)のモデルを活用して、世界各国の企業と連携し、自社製品の輸出を加速しました。たとえば、米国やヨーロッパのブランドから受注を受け、その製品を台湾で製造して提供する形をとることで、台湾のPCメーカーはグローバルな市場でのプレゼンスを拡大しました。
このようにして、台湾のPC産業は急成長を遂げ、輸出志向の産業構造転換を成し遂げたのです。そして、PC産業の成長は、さらに台湾の半導体産業の発展にもつながっていきました。PCの普及に伴い、半導体チップの需要が高まり、台湾はその需要に応えるべく半導体の製造技術をさらに高度化し、世界トップクラスの生産国へと発展しました。
2. 台湾の半導体産業への政府振興策
台湾が「シリコンアイランド」と呼ばれるまで成長した背景には、政府による積極的な産業振興策が大きな役割を果たしています。台湾政府は、特に半導体分野での競争力強化を目指し、数々のプロジェクトや支援策を打ち出してきました。これにより台湾は、世界の半導体市場で重要な地位を占め、グローバルなサプライチェーンの中でも欠かせない存在となっています。
2.1国策としての半導体産業振興策
1971年、台湾は国連の代表権を失い、孤立を余儀なくされました。そのため、台湾政府は強い経済力を基盤とすることで、その存立を維持しようとしました。台湾と中国の関係(両岸関係)の対立が深まる中、国際社会で失われた政治的な立場を経済的な立場で補うことを目指しました。
そこで1974年には「電子工業研究開発発展計画」(第1~3期、1986年まで)が始まり、台湾の半導体産業育成が本格化しました。その目的の一つは、アメリカの半導体産業との強いつながりを築くことにありました。1960年代から、台湾はアメリカとの安全保障関係を強化する意図のもと、意識的に半導体のサプライチェーンに関わる関係を構築してきたのです。
このプロジェクトは、台湾の産業を単なる製造拠点から、技術力を有する高度な産業へと転換するためのものでした。当時、台湾は製造コストの低さを強みにした輸出志向型の経済成長を遂げていましたが、次のステップとして高付加価値の産業を育成する必要がありました。そこで、電子部品産業に重点を置き、特に半導体技術の開発と製造の拠点化を目指す政策が展開されたのです。
1970年代の電子部品産業振興プロジェクト
1970年代から実施されたこの振興プロジェクトは、台湾が高付加価値の産業に進出するための足がかりとなりました。具体的には、技術開発と投資促進の二つを柱に、産業全体の成長を促進しました。台湾政府は技術力向上のために大規模な研究開発投資を行い、企業が半導体技術を導入しやすい環境を整備しました。
台湾を拠点とする研究機関として工業技術研究院(ITRI)が1973年に設立され、半導体分野での技術開発や人材育成が本格化しました。ITRIは、後に台湾の半導体産業の中心企業となるTSMC(台湾積体電路製造)やUMC(聯華電子)などを技術面で支える役割を担い、業界全体の技術革新を支援しました。
技術開発と投資促進による半導体産業の成長
政府は、研究開発支援と並行して外資の誘致にも注力しました。台湾の企業だけでなく、海外の企業が台湾に投資しやすい環境を整えることで、技術と資本の両面から半導体産業の成長を促しました。これにより、1980年代以降、台湾には技術力のあるエンジニアや研究者が集まり、半導体分野での人材基盤が強化されました。
また、台湾政府は税制の優遇措置や特別な補助金制度を設けることで、企業が最新の技術を導入しやすくし、世界水準の生産拠点の整備を進めました。こうした政策が功を奏し、台湾の半導体産業は急速に成長し、世界市場においても競争力を持つまでに至りました。
2.2 産業重点の転換とサポート体制
高付加価値産業へのシフトと技術革新
台湾の産業政策は、低コスト製造から高付加価値の技術産業への転換を目指していました。これにより、単なる安価な製造地ではなく、高度な技術と品質を持つ拠点として国際的に認識されることになりました。政府は、技術開発や研究機関の支援に加え、大学や専門学校での人材育成にも力を入れ、若い世代の技術者が半導体分野で活躍できる環境を整備しました。また、企業同士が協力し、技術を共有することで台湾全体の競争力を高めることが奨励され、業界全体での技術革新が促進されました。
台湾はまた、世界中の技術パートナーと連携し、グローバルな技術ネットワークを形成することで技術力をさらに向上させました。こうしたネットワークの構築により、台湾は半導体製品の最先端技術を常に取り入れ、アップデートすることが可能になり、国際市場においても優位性を保ち続けています。
政策による半導体産業基盤の整備
政府は半導体分野のさらなる基盤整備のために、製造工程の高度化や生産体制の強化に向けた投資も行いました。例えば、ファウンドリモデルの導入は、台湾の半導体産業において重要な役割を果たしました。ファウンドリとは、設計を外部企業が担当し、台湾の企業が製造を専門に行うモデルで、これにより台湾は特化型の製造能力を高めることができました。このモデルを採用したTSMC(台湾積体電路製造)は、現在世界最大のファウンドリ企業となり、AppleやNVIDIAといった世界的なハイテク企業からも信頼されています。
また、台湾政府はインフラ面でも大規模な整備を行い、製造に必要な水や電力の安定供給を確保するための計画を策定しました。これは、特に大量の電力を消費する半導体産業において重要な要素であり、台湾の競争力を支える基盤となっています。このようなインフラ整備により、台湾は半導体製造における強みをさらに強化し、安定した生産基盤を築くことに成功しました。
3.台湾工業技術研究院(ITRI)の概要と半導体産業への貢献
3.1ITRIの概要
台湾半導体産業振興の中心的役割を果たしたのが台湾工業技術研究院(Industrial Technology Research Institute、以下ITRI)です。ITRIは、1973年に設立された台湾最大の総合的な応用研究機関です。ITRIは非営利の法人であり、政府と産業界からの支援を受けつつ、技術革新の推進、産業発展の支援、人材育成を目的として活動しています。
ITRIの設立背景には、1970年代の台湾経済が農業中心から工業中心へと移行する中、高度な技術力を持つ産業の育成が急務であったことがあります。台湾政府は、産業の高度化と輸出志向型経済への転換を図るため、技術開発と人材育成を戦略的に推進する必要性を認識していました。そこでITRIが設立されました。
ITRIは、エレクトロニクス、情報通信、材料科学、バイオテクノロジー、エネルギー・環境など、多岐にわたる分野での研究開発を行っています。その中でも、半導体産業への貢献は特に重要であり、台湾が世界有数の半導体製造拠点として成長する上で、ITRIは不可欠な存在でした。
【ITRI(工業技術研究院)の概要】 所在地:新竹科学工業園区 従業員は約6,000人 <研究分野> ・科学工業研究所、機械工業研究所、電子工業研究所、工業材料研究所、エネルギー・資源研究所、オプトエレクトロニクス研究所、コンピュータ・コミュニケーション研究所 <支援内容> ・技術移転:先端技術を導入し、開発した技術を民間企業に移転 ・創業支援:創新工業技術移転公司による創業(研究者のスピンオフ)を支援 ・産業学習サービス:セミナーや講習会、清華大 ・交通大との連携によるトレーニングコースの提供 ・産業トレンドアドバイザー:技術コンサル ・オープンラボの運営 ・各種計測サービス <事業成果> 特許取得数累計 31,939 件 ベンチャー新設 157 社 企業育成 213 社 サービスを供与した社数(年間) 17,464 社 技術移転社数(年間) 513 (2022年) |
3.2 ITRIの半導体産業への貢献
①技術移転と技術力の基盤構築
まずITRIの存在意義として技術移転と基盤技術の構築があげられます。1976年、ITRIはアメリカのRCA社から先進的な半導体製造技術を導入しました。これは、当時の台湾には高度な半導体技術が乏しかったため、技術導入によって時間とコストを節約し、産業の立ち上げを加速する戦略でありました。導入された技術には、集積回路(IC)の設計・製造プロセスが含まれており、台湾の半導体産業の技術的基盤となりました。
また、1974年にはITRI内に電子工業研究所(Electronics Research and Service Organization、ERSO)を設立し、半導体技術の研究開発を専門的に行っていきました。ERSOは、RCAからの技術の吸収と消化、さらにそれを基にした独自技術の開発を推進し、台湾の半導体技術力を飛躍的に向上させました。ERSOは、技術開発のみならず、技術者の育成や設備の整備にも注力し、台湾の半導体産業の土台を築きました。
②企業の設立支援と産業クラスターの形成
次に、企業の設立支援と産業クラスターの形成があります。ITRIは、技術開発だけでなく、その成果を産業界に移転し、実際の製品やサービスとして市場に提供する役割も担っていました。1980年、ITRIはERSOで培った技術と人材を基に、台湾初の民間半導体企業である聯華電子(United Microelectronics Corporation、UMC)を設立し技術移転をおこないました。UMCは当初、ERSOの技術と設備を引き継ぎ、製品の商業化と量産化を進め、台湾の半導体産業の礎となりました。
さらに、1987年には、世界初のファウンドリ専門企業である台湾積体電路製造(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company、TSMC)を設立しました。TSMCの設立には、ITRIの資金と技術、人材が投入され、アメリカのテキサスインスツルメンツの副社長であったモリス・チャン(張忠謀)氏を迎えて経営を委ねました。TSMCは、顧客企業の設計した半導体を製造するという新しいビジネスモデルを確立し、世界の半導体産業に革新をもたらしました。TSMCの成功は、台湾が世界的な半導体製造拠点としての地位を築く大きな要因となりました(詳しくは後述)。
また、ITRIは新竹科学工業園区に立地する中核機関として、半導体企業や関連産業が集積する産業クラスターを形成しました。これにより、企業間の連携や技術交流が活発化し、台湾の半導体産業全体の競争力が強化されました。産業クラスターの形成は、知識の共有や共同研究の促進、サプライチェーンの効率化など、多くの利点をもたらし、台湾の経済発展に大きく寄与しました。
③人材育成と技術革新の推進
人材育成と技術革新の推進もITRIの重要な貢献です。ITRIは、国内外の大学や研究機関と連携し、高度な専門知識を持つ技術者や研究者の育成に努めました。留学制度や共同研究を通じて、最新の技術や知識を持つ人材を確保し、産業界のニーズに応えた。また、ITRIは内部に教育訓練センターを設置し、技術者の継続的な研修を実施しました。これにより、台湾の半導体産業は高度な技術力と人材を持つ産業として発展しました。
さらに、ITRIは技術革新の推進にも積極的であり、ナノテクノロジー、新素材、先進的な製造プロセスなど、次世代の半導体技術の研究開発に取り組んでいます。ITRIの研究成果は、企業への技術移転や新製品の開発に活用され、台湾の半導体産業が国際的な技術競争で優位性を保つことを支援しています。
④ベンチャー企業の支援と産業多様化
また、ベンチャー企業の支援と産業多様化もITRIの重要な役割です。ITRIで開発された技術を活用し、ベンチャー企業の設立を支援することで、新しい技術やビジネスモデルを持つ企業の育成に貢献しています。これにより、半導体産業のみならず、関連する電子機器、情報通信、バイオテクノロジーなどの産業も発展し、台湾の経済成長に寄与しています。ITRIは、技術インキュベーションセンターを設置し、スタートアップ企業への技術支援や経営コンサルティングを提供しています。
4. 台湾半導体産業の構造と競争力
台湾が「シリコンアイランド」と称されるまでに発展した背景には、世界的に見ても独自かつ強力な半導体産業構造が存在しています。特に、ファウンドリー企業の台頭やサプライチェーンの国内集積といった特徴が台湾の競争力を支えてきました。この章では、台湾半導体産業の構造と競争力について詳しく見ていきます。
4.1 分業化された専門企業群
台湾の半導体産業を支える中心的な存在が、ファウンドリー企業です。ファウンドリー企業は、設計された半導体チップを製造する専門企業であり、設計(ファブレス)と製造(ファウンドリー)が分業化されたシステムを支えています。
TSMC、UMCなどファウンドリー企業の役割と成長
TSMCとUMCは、1980年代から1990年代にかけて台湾政府の支援のもとで成長しました。TSMCは1987年に設立されファウンドリー売上高世界1位の会社です。ファウンドリモデルを取り入れた最初の企業の一つとして、他社が設計した半導体チップを製造するビジネスモデルを確立しました。これにより、多くのファブレス企業がチップ設計に専念できるようになり、製造はTSMCのようなファウンドリー企業に任せるという効率的な分業体制が可能になりました。現在、TSMCは世界中のテクノロジー企業にチップを供給し、AppleやNVIDIA、AMDといったグローバル企業がTSMCに製造を依頼しています(詳しくは後述)。
1980年創業のUMC(聯華電子)も同様に、製造プロセスの高度化と生産体制の強化を図り、特に通信機器や自動車向けの半導体製造に強みを持つようになりました。UMCはTSMCに次ぐ台湾第2位(世界3位)のファウンドリー企業であり、多様な業界への製品供給を行っています。こうしたファウンドリー企業の成長は、台湾が世界の半導体市場で確固たる地位を築く大きな要因となりました。
これらの企業の活躍により、台湾は世界のファウンドリ市場で約70%のシェアを占めています(2020年時点)。
ファブレス企業との協業と市場展開
設計セクターにおいては、台湾はファブレスIC設計企業が数多く存在し、世界市場で重要な役割を果たしています。特に、MediaTek(聯発科技)とNovatek(聯詠科技)は、それぞれ世界第5位と第7位のファブレスIC設計企業です。
MediaTekはスマートフォン向けのSoC(システム・オン・チップ)で高いシェアを持ち、5G通信技術やAI(人工知能)を搭載した先進的なチップを開発しています(詳しくは後述)。
NovatekはディスプレイドライバーICやSoCの設計に強みを持ち、テレビ、モニター、スマートフォンなどの表示デバイス向け製品を提供しています。
これらの企業の活躍により、台湾のIC設計産業は世界市場で約20%のシェアを占めています(2020年時点)。
台湾はファブレス企業が多く集積していることから、設計と製造の両面で密接な協力関係が築かれており、スピーディーな製品開発が可能になっています。特に、TSMCはファブレス企業からの要求に応じたカスタマイズ製造を得意とし、プロセス技術の進化に迅速に対応できる体制を整えています。
こうした協力体制により、台湾のファウンドリー企業は単なる受託製造業者を超え、技術革新の重要なパートナーとしての地位を確立しました。この構造は、半導体産業における競争力を高めると同時に、台湾の技術力の発展をも牽引しています。
後工程(パッケージング&テスト)の強固な基盤
後工程(パッケージング&テスト)の分野でも、台湾企業が世界をリードしています。ASE Technology Holding(日月光投資控股)(本社:高雄市)は世界最大の半導体パッケージング&テスト企業であり、先進的なパッケージング技術を提供しています。システム・イン・パッケージ(SiP)やファンアウト型ウェハレベルパッケージ(FOWLP)などの技術を駆使し、高性能で小型化された製品を実現しています。
SPIL(Siliconware Precision Industries Co., Ltd.、矽品精密工業)(本社:台中市)はASEの傘下となり、規模と技術力がさらに強化され、高品質なテストサービスとパッケージング技術で知られています。これらの企業により、台湾は世界の後工程市場で約60%のシェアを占めています(2020年時点)。
4.2台湾半導体産業のサプライチェーン
台湾は、半導体産業において世界有数の地位を築いており、その大きな特徴は設計から製造、後工程(パッケージングとテスト)まで、すべてのプロセスを国内で完結できる国内完結型サプライチェーンを有している点にあります。この強固な産業基盤により、台湾は世界市場で高い競争力と信頼性を獲得しています。この体制により、いくつかの重要なメリットが生まれています。
まず、迅速な情報共有と意思決定が可能です。各工程が地理的に近接しているため、企業間でのコミュニケーションがスムーズに行われ、製品開発や問題解決が迅速に進みます。
次に、開発期間の短縮と市場投入のスピードアップが実現しています。サプライチェーン全体が効率よく連携しているため、新製品の開発期間が短縮され、市場のニーズに素早く対応することが可能です。
さらに、コスト削減と品質向上の面でも優位性があります。物流コストの削減や品質管理の一元化により、台湾の半導体産業はコスト効率と製品品質の両方で競争力を持つ体制を整えています。このように、垂直統合されたサプライチェーンは、台湾の半導体産業の競争力の源泉となっています。
また、国内での一貫した品質管理が可能であり、高品質な製品の提供につながっています。さらに、企業間の密な協力関係により、技術情報の共有や共同開発が活発に行われ、技術革新が加速しています。
5.台湾の半導体産業とシリコンバレーとのつながり
台湾の半導体産業が「シリコンアイランド」として世界的な地位を築くうえで、アメリカのシリコンバレーとの深いつながりは極めて重要な役割を果たしました。台湾はその技術と経験を積極的に取り入れることで、急速な成長と技術革新を実現しました。また、台湾から海外に渡った技術者や研究者が再び母国に戻る「頭脳還流」の動きも、台湾の半導体産業を支える大きな要因となっています。
5.1シリコンバレーとの技術交流と頭脳還流
台湾とシリコンバレーの関係は、単なるビジネスパートナーシップを超えた技術的・人的な交流によって深化しました。特に、1980年代以降、多くの台湾出身のエンジニアや科学者がシリコンバレーで高度な技術や経営ノウハウを習得し、その知識とネットワークを持って台湾に戻る「頭脳還流」が活発化しました。
技術者の還流と企業設立
この頭脳還流により、アメリカで培った最先端の技術やビジネスモデルが台湾に持ち込まれました。代表的な例として、TSMCの創業者であるモリス・チャンが挙げられます。彼はアメリカのテキサス・インスツルメンツ(TI)で長年にわたり半導体技術の開発と経営に携わり、同社の副社長まで務めました。その後、台湾政府からの招請を受けて帰国し、1987年にTSMCを設立しました。彼のリーダーシップとシリコンバレーでの経験が、台湾におけるファウンドリ・ビジネスモデルの確立と、半導体産業全体の発展に大きく寄与したため、「台湾半導体産業の父」と言われています。
また、多くの台湾人技術者や経営者がシリコンバレーの企業で経験を積んだ後に帰国し、新興企業の設立や既存企業の技術力向上に貢献しました。例えば、UMCやMediaTek(といった企業も、頭脳還流によって得られた人材が中心となって技術開発を進めました。これにより、台湾の企業はシリコンバレーの最先端技術だけでなく経営手法やノウハウなども迅速に取り入れることが可能となり、国際競争力を大幅に高めることができました。
産学連携と研究開発の強化
台湾の大学や研究機関も、シリコンバレーの著名な大学や企業との連携を強化しました。例えば、国立台湾大学や国立清華大学は、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校といったシリコンバレー近隣の大学とパートナーシップを結び、共同研究や留学生の交換プログラムを実施しています。これにより、最新の研究成果や技術動向を共有し、高度な人材育成が進められています。
さらに、台湾政府は研究開発への投資と国際的な技術交流を推進しました。これらの取り組みにより、台湾はシリコンバレーとの技術格差を縮小し、独自の技術力を高めることができました。
5.2 技術革新と国際競争力の強化
シリコンバレーとの深いつながりと頭脳還流は、台湾の半導体産業における技術革新と国際競争力の強化に直接的な影響を与えました。
最新技術の導入と製造力の向上
多くの台湾企業がシリコンバレーに研究所を設置し、シリコンバレーからもたらされた最新の技術やノウハウは、台湾企業が高品質で高性能な半導体製品を製造するための重要な基盤となりました。特に、製造プロセスの微細化技術や新材料の研究開発においては、シリコンバレーとの技術交流が不可欠でした。台湾企業は、これらの先進技術を迅速に取り入れることで、世界最先端の製造能力を獲得し、スマートフォンやコンピューター、自動車など、多岐にわたる分野での需要に応えることができました。
また、台湾の半導体メーカーは、シリコンバレーの大手テクノロジー企業(例:Apple、NVIDIA、AMDなど)からの受託製造を通じて、高度な技術要件に対応する能力を磨きました。これにより、グローバル市場でのシェアを拡大し、主要なテクノロジー企業からの信頼を獲得することに成功しました。
国際的なビジネスネットワークの構築
頭脳還流によって戻ってきた人材は、シリコンバレーで築いた人脈やビジネスネットワークを活用し、台湾企業の国際展開を支援しました。新規ビジネスチャンスの創出や海外企業とのパートナーシップ構築など、国際的なビジネス活動が活発化しました。台湾の企業は、シリコンバレーのベンチャー企業やスタートアップとの連携を強化し、新しい技術や市場動向に関する情報をいち早く入手することで、製品開発や戦略立案に役立てています。
付け加えて、シリコンバレーでも台湾系人材の活躍が見られます。NVIDIAの創業者のジェイスン・ファン、AMDのCEOであるリサ・スーは台湾系アメリカ人であり、台湾の半導体産業と強い結びつきがあります。
イノベーション文化の醸成
シリコンバレーのオープンで革新的な企業文化も、頭脳還流を通じて台湾に浸透しました。リスクを恐れずに新しい挑戦を行う姿勢や、フラットな組織構造、オープンイノベーションの推進など、イノベーションを促進する文化が台湾の企業にも根付きました。これが、スタートアップの増加や新規事業の創出につながり、産業全体の活性化をもたらしました。
政府もこれを支援するために、スタートアップ支援プログラムやベンチャーキャピタルの育成などを推進し、イノベーションエコシステムの構築に努めています。これにより、台湾は新たな技術やビジネスモデルの創出が活発な環境を整えることができました。
6. 台湾半導体産業の成功要因と課題
台湾の半導体産業は、世界的なリーダーシップを維持し続けており、その競争力は多くの成功要因に支えられています。しかし、今後もその地位を保つためには、いくつかの課題にも取り組む必要があります。以下では、台湾の半導体産業の成功要因と直面する課題について詳しく説明します。
6.1台湾半導体産業の成功要因
①政府の戦略的展開
台湾の半導体産業が成功を収めた背景には、政府による戦略的な支援が大きな役割を果たしています。1973年に設立された工業技術研究院(ITRI)は、国家レベルでの半導体技術の研究開発を推進するための基盤として機能し、技術革新を後押ししました。さらに、1980年には新竹科学工業園区が設立され、産業集積を促進することで半導体企業の成長環境が整えられました。
政府はまた、税制優遇や研究開発に対する補助金の提供を通じて、企業の負担を軽減し、技術開発の加速を支援しました。さらに、海外からの先進的な技術の導入や人材育成にも積極的に取り組み、台湾の半導体産業がグローバル競争で高い競争力を維持するための基礎を築き上げたのです。
②人材育成システム
台湾の半導体産業の成功には、人材育成に対する力強い取り組みが欠かせません。まず、理工系教育が重視され、高度な技術知識を持つ人材が継続的に輩出されています。また、米国での留学や就業経験を持つ優秀な人材が積極的に台湾に呼び戻され、グローバルな視点や先進的な技術を国内にもたらしています。
さらに、産学連携が進められ、実践的な技術者が産業界で即戦力となれるような教育・訓練が行われています。これらの取り組みにより、台湾は半導体分野において国際競争力のある人材基盤を確立しているのです。
③シリコンバレーとのつながり
台湾の半導体産業が成功を収めた要因の一つには、シリコンバレーとの密接なつながりが挙げられます。まず、アメリカで経験を積んだ技術者が台湾に戻ってくる「頭脳還流」によって、台湾の企業は最新の技術と知識を取り入れることができました。これにより、最先端技術や経営情報を迅速に入手し、競争力を強化しています。さらに、シリコンバレーとのつながりは、台湾が世界標準に沿った技術を確立し、国際市場での存在感を高める大きな助けとなりました。
④分業による専門化の深化
台湾の半導体産業が成功した要因の一つとして、分業化の徹底とその深化が挙げられます。この分業化は、設計、製造、パッケージング、テストという半導体の生産プロセスを明確に分離し、それぞれに専門化することを指します。
特に1987年にTSMCが専業ファウンドリー企業として設立されたことが分業化の加速に重要な役割を果たしました。TSMCは製造に特化し、設計はファブレスと呼ばれる企業に委ねることで、製造と設計の競合を避け、多様な顧客から注文を集めることに成功しました。この構造は、設計会社が製造を他社に任せることでリスクや設備投資を減らし、効率的にリソースを活用できるという利点をもたらしました。
さらに、台湾はこの分業モデルを各プロセスに拡張し、設計(MediaTekやNovatek)、製造(TSMCやUMC)、パッケージング・テスト(ASEやSPIL)と、それぞれの領域での専門企業を集積させ、効率的なサプライチェーンを構築しました。このように、台湾の半導体産業は分業を深めることで各企業が専門性を高め、競争力を維持し続けているのです。
⑤新竹という拠点の構築
台湾半導体産業の成功には、新竹科学工業園区の設立が重要な役割を果たしています。1980年に開設されたこの産業拠点は、台湾北部に位置し、台北からもアクセスしやすい地理的な利便性を活かして設計されました。
新竹科学工業園区は、設立以来、政府による強力な支援のもとでインフラが整備され、主要な大学や研究機関、企業が一堂に集まることで産業クラスターが形成されました。これにより、企業や研究機関が緊密に連携し、技術の共有や共同開発が促進され、半導体産業の成長基盤が強化されました。
さらに、新竹科学工業園区内には、TSMCやUMCなどの大手ファウンドリー企業や、Media Tekなどのファブレス企業が集積しています。この集積は、設計から製造、パッケージング・テストまでのプロセスを一貫して行える環境を提供し、効率的な生産体制を実現しました。また、近隣にはITRIや清華大学、陽明交通大学があり、開発が促進されると同時に技術者やエンジニアが育成されるための環境も整っています。こうした新竹科学工業園区の産業拠点および研究開発拠点としての機能が、台湾半導体産業の橋頭保として国際競争力を支える大きな要因となっています。
6.2台湾半導体産業の課題
①国際的な政治リスク
台湾の半導体産業は、国際情勢の変化に伴うさまざまなリスクに直面しています。まず、米中関係の緊張により、アメリカと中国の対立が深まる中、両国との経済的な結びつきが強い台湾は、サプライチェーンへの影響が懸念されます。また、地政学的リスクとして、台湾海峡における安全保障上の問題がビジネス環境に悪影響を及ぼす可能性もあります。こうした背景から、特定の国に依存しすぎない多角的な市場戦略とリスク分散の必要性が強く求められています。
②国際競争環境の変化
台湾の半導体産業は、国際競争環境の変化に伴い、さまざまな課題に直面しています。まず、各国が自国の半導体産業を育成するための政策を強化しており、台湾の優位性が圧迫されるリスクが高まっています。さらに、競合国が技術力を急速に高め、追い上げてきているため、台湾は技術革新を続ける必要があります。また、各国が補助金を積極的に投入することで競争が激化しており、資金調達や価格競争においても課題が増えています。加えて、グローバルサプライチェーンの再編が進む中、台湾の半導体産業もその影響を受け、安定した供給体制の確保が求められています。
③人材の確保と育成
高度な技術者の需要が増加している中で、人材面における課題が浮き彫りになっています。急速な産業成長により、必要な人材の供給が追いつかなくなる懸念が高まっています。この問題に対応するためには、最新技術に対応できる人材を育成するための教育カリキュラムの見直しや、専門教育の強化が不可欠です。さらに、優秀な人材を確保し、定着させるためには、労働条件やキャリアパスの整備といった労働環境の改善も重要な課題となっています。
④インフラの整備と災害リスク対応
台湾の半導体産業は、インフラ面でいくつかの課題を抱えています。まず、電力や水資源の安定供給が重要であり、特に製造プロセスで大量の電力と水を必要とする半導体産業にとって、この安定性は生産の持続に直結します。また、産業拡大に伴い、適切な土地を確保することが難しくなっており、拠点の拡張が制約を受ける可能性があります。さらに、環境負荷の低減も課題であり、持続可能な生産体制を維持するために、環境への影響を最小限に抑える取り組みが必要です。加えて、地震などの自然災害リスクに対する対策も求められており、事業の安定性を確保するための防災強化が求められています。
台湾の半導体産業は、垂直統合されたサプライチェーン、高度な技術力と人材、安定したビジネス環境、積極的な研究開発投資、国際的な連携と市場開拓といった成功要因により、世界的な競争力を維持しています。一方で、国際的な政治リスク、人材の確保と育成、環境への影響といった課題にも直面しています。これらの課題に対して、戦略的な対応と持続可能な発展を図ることで、台湾は引き続き半導体産業のリーダーシップを維持し、グローバル市場での存在感を高めていくことが期待されます。
参考文献
<書籍>
アナリー・サクセニアン(2008)『最新・経済地理学』日経BP
長内厚 神吉直人 編著(2014)『台湾エレクトロニクス産業のものづくり』白桃書房
<Web>
付録 台湾と韓国の半導体産業に関する比較表
台湾と韓国の半導体産業の特徴は、それぞれ異なる発展経緯と産業政策によって形成されています。台湾は1970年代に輸出志向型の産業構造へ転換し、ファウンドリ専業企業(TSMC、UMC)を設立することでグローバル競争力を築きました。新竹サイエンスパークは、技術革新と産業集積を促進する拠点として機能し、政府主導でITRI(工業技術研究院)を設立し技術支援を行っています。主要企業にはTSMCやMedia Tekがあり、分業体制と起業が盛んな特徴を持ちます。
一方、韓国は1960年代の「重工業振興政策」により基盤を整備し、1983年からサムスンがDRAM開発を開始し、メモリ分野で優位性を確立しました。韓国の半導体産業は財閥企業主導の成長戦略を特徴とし、少数の大企業が垂直統合型で事業を展開しています。産学官連携を強化し、サムスンとSKハイニックスが技術教育や人材育成を推進してきました。
将来の課題として、台湾は米中対立による供給リスクに備える必要があり、AI半導体など次世代技術の強化が求められています。韓国は非メモリ分野への技術移行が急務で、環境に配慮した製造技術の推進も課題です。
表1 台湾と韓国の半導体産業に関する比較