
地域ブランド戦略は、地域が持つ独自の魅力を最大限に活かし、観光客や消費者に選ばれる地域づくりを目指す重要な手法です。近年、グローバル化やデジタル化の進展により地域間競争が激化し、差別化が求められています。本記事では、地域ブランドの定義、成功事例、戦略立案のステップ、マーケティングとの関係について詳しく解説します。地域資源の活用やストーリーブランディングなど、地域ブランドを強化するために欠かせない要素を学び、実践に役立てましょう。
1.はじめに:地域ブランド理論を学ぶ意義
1) 地域ブランドが注目される背景
グローバル化やデジタル化の進展により、地域ごとの特色が薄れ、似たような商品や観光地が乱立しています。つまり「地域のコモディティ化」が進んでいます。例えば、全国各地で同じような特産品や観光資源が売り出される中で、「どこでも手に入るもの」と認識されると、ブランド価値は低下し、価格競争に巻き込まれやすくなります。そのため、地域が持つ独自の価値を明確にし、ブランド戦略を通じて差別化を図ることが重要となります。
2) なぜ地域ブランドが求められるのか
地域ブランドが求められる理由の一つは、地域間競争の激化です。地方自治体や企業は、観光客を誘致し、地域産品の販売促進を図るために、競争力のあるブランドを確立する必要があります。しかし、ブランドが確立されていないと、他地域と同じように見られ、以下のような問題が発生する可能性があります。
- 同質化による差別化不足:他地域と見分けがつかず、消費者に選ばれにくくなります。
- 価格競争の激化:消費者に特別な価値を感じてもらえないため、価格競争に陥りやすくなります。
そのため、地域独自の価値を強調し、ブランド価値を高めることが必要です。これにより、消費者に「この地域だからこそ得られる価値」を提供でき、競争優位性を確保できます。
また、地域ブランドは単なる商品の宣伝にとどまらず、地域全体の魅力を発信する手段としても活用されます。例えば、北海道は「食と観光のブランド」として確立されています。具体的には以下の要素がブランド価値を支えています。
- 豊富な特産品:農産物や乳製品などの高品質な地域資源。
- 体験そのもののブランド化:観光客が「北海道旅行」という体験自体に価値を感じています。
このように、地域ブランドを確立することで、以下の効果が期待されます。
- 地域経済の活性化:観光客や消費者を引きつけ、経済活動が活発化します。
- 持続可能な発展の実現:地域の魅力を継続的に発信することで、長期的な発展に寄与します。
3) 地域ブランドとマーケティング戦略の関係性
地域ブランドの確立には、マーケティング戦略が不可欠である。ブランド価値を高めるためには、ターゲット市場を明確にし、消費者が共感できるストーリーや体験を提供することが重要です。特に、以下の要素が地域ブランド戦略の成功に大きく関わります。
- ターゲットの明確化
- 誰に向けてブランドを発信するのかを明確にします(地元住民、国内観光客、海外市場など)。
- 例:日本酒ブランドなら国内外の日本酒愛好家、地元の特産品なら都市部の健康志向の消費者など。
- ストーリーブランディング
- 地域ブランドは単なる商品の魅力だけでなく、その背景にある文化や歴史が重要となります。
- 例:京都の「宇治茶」は、歴史や伝統に裏打ちされたブランド価値を持ち、単なる「お茶」ではなく、「宇治」という地名がブランドとして機能しています。
- 体験価値の提供
- ただの商品販売ではなく、地域ならではの体験を提供することで、消費者は愛着がわくし、ブランド価値が高まります。
- 例:北海道のチーズ工房での手作り体験、静岡のお茶摘み体験ツアーなど。
- 情報発信とブランドコミュニケーション
- SNSやWebメディアを活用し、ターゲット層に効果的にブランドを伝えます。
- 例:インフルエンサーを活用したPR、ストーリー性のある動画コンテンツの配信。
このように、地域ブランドは単なるロゴやキャッチフレーズではなく、地域の独自性を活かし、マーケティング戦略と連携して効果的に発信することが重要です。
2. 地域ブランドの定義とその進化
1) 地域ブランドとは何か?
地域ブランドとは、特定の地域が持つ独自の価値や魅力をブランドとして確立し、地域内外の人々に認知されるようにする取り組みのことです。これは単なる商品のブランド化にとどまらず、地域全体のイメージ向上や、地域に関わる人々の誇りや愛着の醸成にもつながります。
地域ブランドは、大きく以下の3つのカテゴリーに分類されます。
- 産品ブランド
- 地域特産の農産物や工芸品をブランド化します。
- 例:神戸牛(兵庫県)、夕張メロン(北海道)、信州そば(長野県)
- 観光ブランド
- 地域の観光資源や文化をブランド化し、観光客を誘致します。
- 例:京都の「古都」ブランド、沖縄の「南国リゾート」ブランド
- プレイスブランド(都市・地域ブランド)
- 地域全体の価値を高め、住民や企業にとって魅力的な場所とします。
- 例:コペンハーゲン(デンマーク)の「サステナブルな都市」、福岡の「スタートアップ都市」、シリコンバレー(米国)
これらのブランド化の根幹には、「地域アイデンティティ」がある。地域の独自性、文化、歴史、風土を反映させることで、ブランドの持続的な価値を築き、人々との関係性を深めることが求められます。
2) 地域ブランドの目的と背景
地域ブランドの目的は、単なる経済的な拡大にとどまらず、地域への誇りや愛着を醸成し、持続的な発展を促すことにあります。地域ブランド化が進むことで、地元住民の結束力が高まり、地域経済の活性化にも寄与します。
近年、地域ブランドが注目される背景には、以下のような変化があります。
- 生産者主導から消費者主導への変化
- かつては、生産者が主導し、特産品や観光資源をブランド化していたが、現在は消費者の視点を重視する必要があります。
- 口コミやSNSの影響力が大きくなり、消費者の評価がブランド価値を左右する時代になりました。
- 消費者志向の変化(大量消費 → 個性化)
- 消費者は、大量生産された製品ではなく、「その地域ならではの価値」を求める傾向が強まっています。
- 例:職人と一緒に工芸品を作る体験、地元住民と郷土料理を作る体験など。
- 単品ブランドの限界と地域全体のブランド化
- かつては、地域の特定の特産品を売り出す戦略が多かったが、市場競争の激化により、単品ブランドでは生き残りが難しくなっています。
- そのため、地域全体をパッケージ化した「総合的なブランド戦略」が必要となります。
- 地域間競争の激化とコモディティ化
- 全国的に地域ブランドが増加し、「似たようなブランド」が乱立する状況が生じています。
- 例:「○○和牛」「○○温泉」といった類似ブランドが多く、消費者にとって違いが分かりにくくなっています。
- これを回避するためには、「単なる有名特産品」ではなく、その地域ならではのストーリーを構築し、差別化を図ることが求められます。
3.地域ブランド理論の主要フレームワーク
地域ブランドの理論は、マーケティングやブランディングの一般的な概念を応用しながら発展してきました。本稿では、ブランド・エクイティ理論、ブランド・アイデンティティ理論プレイス・ブランディング理論、の3つの主要フレームワークについて詳しく解説します。
1) ブランド・エクイティ理論
ブランド・エクイティ(Brand Equity)とは、ブランドが持つ無形の価値のことを指し、消費者の認識やブランドの評判が資産として機能する概念である。デビッド・アーカー(David A. Aaker)の「ブランド価値体系(Brand Equity Model)」が代表的な理論として知られています。
アーカーのブランド・エクイティの構成要素
アーカーの理論では、ブランド・エクイティは以下の4つの要素で構成されています。
- ブランド認知(Brand Awareness):
- ブランドがどれだけ広く知られているかを示します。
- 地域ブランドでは「地名+特産品」(例:神戸牛、信州そば)の組み合わせで認知を高める戦略が一般的。
- ブランドロイヤリティ(Brand Loyalty)
- 消費者がどれだけブランドに忠誠心を持ち、リピート購入するかを示します。
- 地域ブランドでは、観光リピーターの増加や地元住民のブランド支持がロイヤリティ向上に寄与します。
- ブランドアソシエーション(Brand Associations)
- 消費者がブランドに対して持つイメージや連想。
- 例えば、京都=伝統文化、北海道=広大な自然、福岡=グルメの街といった地域ごとの強みを活かしたブランド構築が重要。
- 知覚品質(Perceived Quality)
- 消費者がブランドに対してどの程度の品質を期待するか。
- 地域産品や観光サービスの品質管理が、ブランド価値の維持につながります。
ブランド・エクイティの向上は、地域ブランドの持続的な成長に不可欠であり、消費者の信頼を獲得することが最も重要な要素となります。
2) ブランド・アイデンティティ理論
ブランド・アイデンティティ(Brand Identity)とは、そのブランドがどのような独自性や価値観を持ち、消費者にどう認識されたいかを定義する概念です。
カプファーのブランド・アイデンティティモデル
フランスのマーケティング研究者ジャン=ノエル・カプファー(Jean-Noël Kapferer)は、ブランド・アイデンティティの要素を体系化し、以下のモデルを提唱しました。
- ブランドの物理的特性(Physique):ロゴ、デザイン、視覚的アイデンティティなど。
- ブランドのパーソナリティ(Personality):ブランドが持つ個性やイメージ。
- ブランドの文化(Culture):ブランドが根付く文化的背景。
- ブランドの関係性(Relationship):ブランドと消費者の関係のあり方。
- ブランドの自己表現(Self-Image):消費者がそのブランドを通じて表現したい自己イメージ。
- ブランドの反映(Reflection):ブランドがターゲットとする消費者の特性。
このモデルを地域ブランドに応用すると、単なる観光地や特産品としてのブランドではなく、地域の文化、ライフスタイル、価値観を総合的に伝えることが重要です。
図1 カプファーのブランド・アイデンティティモデル

<飛騨高山の地域ブランドをカプファーのブランド・アイデンティティモデルで分析 > ① ブランドの物理的特徴(Physique):ロゴ、デザイン、視覚的アイデンティティなど 飛騨高山は、歴史的建造物が並ぶ「高山陣屋」や「古い町並み」、赤い中橋(なかばし)などが視覚的な象徴となっています。また、飛騨牛や飛騨漆器といった特産品がブランドの物理的な特徴を補強しています。 ② ブランドのパーソナリティ(Personality):ブランドが持つ個性やイメージ 飛騨高山のブランドは、「伝統と風情」「穏やかで落ち着いた雰囲気」といった個性を持っています。特に、四季折々の美しい自然や祭り(高山祭)によって、歴史と自然が共存するイメージが強調されています。 ③ ブランドの文化(Culture):ブランドが根付く文化的背景 飛騨高山は、江戸時代の城下町や商人の町として栄えた歴史を持ち、伝統工芸、木工芸、祭り文化が色濃く残っています。特に「飛騨の匠」と称される高度な木工技術や、毎年春と秋に行われる豪華絢爛な「高山祭」は、地域ブランドの核となる文化的要素です。また、地元の農産物や日本酒を活かした郷土料理も文化的魅力の一部です。 ④ ブランドの関係性(Relationship):ブランドと消費者の関係のあり方 観光客は、伝統的な町並みを散策したり、地元の特産品を購入したりすることで、地域とのつながりを感じます。また、「飛騨牛」「高山ラーメン」などのグルメや、職人との交流体験(伝統工芸のワークショップなど)を通じて、消費者に親近感と地域愛着を育んでいます。 ⑤ ブランドのセルフイメージ(Self-Image):消費者がそのブランドを通じて表現したい自己イメージ 飛騨高山を訪れる消費者は、「文化・歴史を重視する知的で感受性豊かな人」という自己イメージを持ちたいと考えています。SNSでの写真投稿を通じて、飛騨高山を訪れたことを自慢するケースも多く、文化的探究心を示す場となっています。 ⑥ ブランドのターゲット(Reflection):ブランドがターゲットとする消費者の特性 ターゲットは、国内外の観光客(特に文化・歴史に興味を持つ中高年層、自然体験を重視する若年層、インバウンド観光客)です。ゆったりとした滞在型観光を求める層がメインターゲットとなっています。 |

3) 地域ブランドとマーケティングミックス(4P/7P)
マーケティングミックスとは、地域ブランドを市場に適応させるための戦略要素の組み合わせであります。従来の「4P(Product, Price, Place, Promotion)」に加え、サービス業や観光分野では「7P(People, Process, Physical Evidence)」の考え方が活用されます。
- 4P戦略
①Product(プロダクト)
- 地域特産品や観光資源を独自の商品として確立します。
- 例:「松阪牛」「宇治抹茶」「讃岐うどん」のように、地域資源を活かした商品開発。
②Price(価格設定)
- 高級ブランドとしての価格戦略(関サバのようなプレミアム価格)。
- 地元住民向けの手頃な価格設定とのバランスを取る必要がります。
③Place(流通・販売戦略)
- ふるさと納税やECサイトを活用したオンライン販売。
- 都市圏でのアンテナショップ展開。
④Promotion(プロモーション)
- SNSやインフルエンサーを活用した情報発信。
- 地域フェスティバルやイベントの開催。
- 7P戦略
⑤People(人材・サービス)
- 観光ガイドや地元の職人のストーリーを前面に出します。
⑥Process(プロセス)
- 伝統製法のストーリー化、職人技の継承プロジェクト。
⑦Physical Evidence(物理的証拠)
- ブランドの象徴となる建築物や風景(例:白川郷の合掌造り、京都の町家)。
4) プレイス・ブランディング理論
プレイス・ブランディング(Place Branding)とは、地域や都市が持つ独自の価値をブランド化し、地域の評判や魅力を高めるための戦略であります。
アンホルトの六次元モデル
プレイス・ブランディングの代表的な理論として、サイモン・アンホルト(Simon Anholt)の「六次元モデル(Nation Brand Hexagon)」があります。このモデルでは、地域のブランド価値に影響を与える6つの要素を示しています。
①観光(Tourism)
- 観光名所や自然、文化的な魅力を通じてブランドを形成。
- 例:パリ=ロマンチックな都市、京都=伝統とモダンの融合。
②輸出(Exports)
- その地域の特産品や工業製品のブランド価値。
- 例:スイスの時計、日本の和牛。
③文化(Culture & Heritage)
- その地域の芸術、音楽、映画、伝統工芸などの文化的要素。
- 例:イタリア=デザインとファッション、ニューヨーク=ポップカルチャー。
④投資(Investment & Immigration)
- 企業誘致、スタートアップ支援、移住促進など。
- 例:シンガポール=ビジネスのハブ、ドバイ=グローバル投資拠点。
⑤政策(Governance)
- 政府や自治体のブランドイメージ(治安、環境政策、スマートシティ施策)。
- 例:北欧=福祉国家、シンガポール=規律のある都市。
⑥住民の生活(People)
- 住民のライフスタイルやホスピタリティがブランド価値に影響を与えます。
- 例:スペイン=陽気でフレンドリー、日本=礼儀正しさ。
<余談>
サイモン・アンホルトは「国家ブランド指数」を考案しました。2023年の国家ブランドランキングでは日本が1位となりました。 |
4.地域ブランドにおける要素と成功要因
地域ブランドの形成には、多くの要素が関わり、それぞれが相互に作用しながらブランド価値を高めていく。本稿では、地域ブランドを成功に導くための「地域資源の活用」「ストーリーテリングとブランドメッセージ」「ブランド体験の提供」という3つの主要要素と、それに関連する成功要因について詳しく説明します。
1) 地域資源の活用
第一に地域ブランドの根幹を支えるのは、その地域が持つ独自の資源です。自然、文化、食、イベントといった地域ならではの資源を最大限に活用することが、ブランド価値を高める重要なポイントとなります。
<地域資源活用のポイント>
- 産地や原材料へのこだわりと基準の明確化
- 産品の品質を保証するための基準が厳しいほど、他地域との差別化が可能。
- 例:新潟コシヒカリの厳格な生産基準、熊本の馬刺しの品質管理。
- 地域資源を組み合わせた総合力の活用
- 単一の特産品ではなく、地域全体のブランド化が効果的。
- 例:京都は「和菓子・茶道・寺院観光」を組み合わせたブランド戦略を展開。
2) ストーリーテリングとブランドメッセージ
地域ブランドを確立するためには、単に商品や観光資源を打ち出すだけでなく、それに込められた「ストーリー」を伝えることが重要です。
<ストーリーテリングの重要性>
- 消費者がブランドに感情移入し、共感する要素を作ります。
- 例:青森の「りんご農家の家族の物語」、兵庫県丹波の「伝統を守る黒豆農家」。
- ブランド価値を伝えるメッセージの明確化
<成功するストーリーブランディングのポイント>
- 「ストーリー」がブランドアイデンティティを形成し、消費者の信頼につながります。
- 例:「100年以上の伝統」「自然と共生する地域産業」などのテーマ設定。
①消費者視点での情報発信
- SNSやWebメディアを活用し、地域の魅力を効果的に伝えます。
- 例:「ふるさと納税サイトでの生産者のインタビュー動画」、「地元の祭りを紹介するYouTubeチャンネル」。
②共感を生む物語の構築
- 地域の人々が持つ誇りや情熱を伝えます。
- 例:「過疎化する町を救うために生まれたクラフトビール」などの背景ストーリー。
3) ブランド体験の提供
地域ブランドを確立するためには、消費者に「体験価値」を提供することが不可欠です。実際にその地域を訪れたり、特産品を手に取ったりすることで、ブランドの魅力が強く印象付けられます。
<ブランド体験の提供がブランド価値に与える影響>
- 例:「ただの抹茶」ではなく、京都の茶道体験を通じて抹茶文化を学ぶことで、ブランドの価値をより深く理解できます。
- 例:「地元の職人と一緒に伝統工芸を作る体験」が、単なる「お土産」以上の意味を持ちます。
<ブランド体験の具体例>
①観光と連携した体験型ブランディング
- 例:「北海道のチーズ工房での手作り体験」「奈良の酒蔵見学ツアー」。
②イベントによるブランドの可視化
- 例:「瀬戸内国際芸術祭」→瀬戸内海の島々の魅力を体験できるイベント。
- 例:「阿波踊りフェスティバル」→徳島の伝統文化を直接体験。
③熱烈なファンの育成
- 体験を通じてブランドのロイヤルカスタマーを生み出します。
- 例:「日本酒好きのための酒蔵巡りスタンプラリー」、「地元食材を使った料理教室」。
5.理論の実践:成功事例と失敗事例の分析
地域ブランドの形成は、単に地域特産品や観光資源を売り出すだけでなく、ブランドの一貫性、マーケティング戦略、住民の参加、持続可能な仕組みづくりが重要となります。本稿では、成功事例と失敗事例を分析し、それぞれの要因を明らかにします。
1) 国内の成功事例:北海道「ゆめぴりか」
<成功の背景>
「ゆめぴりか」は、北海道が開発した高品質のブランド米であり、現在では全国的な知名度を誇る。その成功の要因は以下の通りです。
- 品質の向上と差別化
- 北海道の冷涼な気候を活かし、粘り気が強く、甘みのある食味を追求。
- 生産管理を徹底し、品質にバラつきが出ないよう統一された基準を設けました。
- GI(地理的表示)制度の活用
- 「北海道米の新たなブランド形成協議会」を設立し、統一ブランド戦略を実施。
- GI登録により、模倣品対策を強化し、「本物の北海道米」としての価値を確立。
- ターゲット市場の明確化とプレミアム戦略
- 従来の北海道米は安価なイメージが強かったが、「ゆめぴりか」は高価格帯で展開。
- 高級スーパーや百貨店を中心に販売し、ブランドイメージを確立。
- プロモーションの成功
- 「日本一おいしいお米を目指す」という明確なブランドメッセージ。
- CMやSNS、食のイベントを活用し、認知度を高めました。
<結果>
「ゆめぴりか」は、ブランド米としての地位を確立し、高価格でも消費者に支持される商品となった。品質の統一、ブランドの一貫性、明確なターゲット戦略が成功の要因です。

2) 失敗事例の教訓: 秋田県「スギッチ」の引退
<失敗の背景>
秋田県は、2007年に県の公式マスコットキャラクター「スギッチ」を導入し、PR活動を行っていたが、2016年に引退。これは、ブランドメッセージの一貫性不足による失敗とされます。
1.ブランドのコンセプトが曖昧
- 「スギッチ」は秋田杉をモチーフにしたキャラクターだったが、「秋田県の何を象徴しているのか」が不明確でした。
- 他の「くまモン」「ひこにゃん」のように、ストーリー性や地域とのつながりが希薄。
2.戦略的なマーケティング不足
- 県が主体となって運営していたが、プロモーション活動が限定的。
- SNSやデジタル戦略がほとんど活用されず、全国的な知名度を高めることができませんでした。
3.住民の共感を得られなかった
- 「スギッチ」は県内外での認知度が低く、地域住民の愛着が生まれませんでした。
- 住民参加型のイベントが少なく、ファンの育成ができませんでした。
4.継続的なブランド戦略の欠如
- キャラクターを作ったものの、長期的なブランド戦略がありませんでした。
- 予算や運営体制の問題から、最終的に「スギッチ」を維持することが困難となりませんでした。
②結果
「スギッチ」は一定の知名度を得たものの、ブランドの一貫性の欠如、住民との関係性の希薄さ、プロモーションの不足により、持続可能なブランドにはなれませんでした。
3) 総括
地域ブランドの成功には、以下の要素が不可欠でした。
①明確なブランドコンセプトと一貫性
- 何を売りたいのか、どの市場をターゲットにするのかを明確にします。
②ターゲット市場の特定
- 国内市場だけでなく、海外市場や観光客を見据えた展開。
③効果的なプロモーション
- SNSやデジタルメディアを活用し、認知度を向上させます。
④住民の参加と共感
- 地元住民が誇りを持ち、ブランドを支える仕組みが必要。
⑤持続可能なブランド戦略
- 短期的な施策ではなく、長期的な視点でのブランド育成。
成功事例と失敗事例を分析することで、持続可能な地域ブランド戦略の重要性が明らかとなります。今後の地域ブランド形成において、これらの教訓を活かすことが求められます。
6. 地域ブランド戦略を展開するプロセス
地域ブランド戦略を成功させるためには、戦略立案から実施、評価、改善までの一連のプロセスが必要です。以下は、地域ブランド戦略を展開する際の代表的なプロセスを6段階に分けて説明します。
1) 地域資源の調査・分析(現状把握)
まず、地域が持つ資源や課題を調査・分析します。
- 地域資源の把握:自然、特産品、文化、歴史、観光資源、産業などを調査し、地域の強み・弱みを明確にする。
- SWOT分析:地域資源を「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」に分類し、戦略の方向性を決定する。
例:今治市では、優れたタオル製造技術が強みである一方、安価な海外製品との競争が課題であることを確認しました。
2) ブランド・アイデンティティの構築
地域の独自性を基に、ブランドの核となるアイデンティティを設計します。
- 差別化ポイントを明確化し、他地域にはない価値を強調する。
- ブランドのシンボル(ロゴ、キャッチコピー)を設定し、ブランドイメージを視覚的に伝える。
- ブランドの物語(ストーリー)を設計し、感情的な価値を付加する。
例:香川県は「うどん県」というユニークなブランド名を採用し、うどん文化を軸としたアイデンティティを構築しました。
3) ターゲット市場の選定
ターゲットとなる消費者層を明確にすることで、効率的な戦略展開が可能になります。
- 観光客、地元住民、企業など、ターゲットごとに異なる戦略を設計する。
- 市場ごとのニーズに応じた商品開発、サービス設計、価格設定を行う。
例:熊本県「くまモン」は、観光客や若年層を主なターゲットにしつつ、地元企業との連携で特産品の販促にも活用されています。
4) プロモーション戦略の立案
ブランドを消費者に効果的に届けるため、プロモーション戦略を設計します。
- デジタルマーケティング(SNS、動画配信、バーチャルイベント)を活用して情報を発信。
- インフルエンサーや地元アンバサダーとの連携で認知度を拡大。
- イベントやキャンペーンを通じて消費者との接点を増やす。
例:青森県の「ねぶた祭」は、SNSと動画配信で祭りの魅力を発信し、国内外からの観光客増加につなげました。
5) 実施と管理(オペレーション)
立案した戦略を実行に移し、進捗を管理します。
- 各プロジェクトの役割分担を明確にし、行政、地元企業、住民が連携して取り組む。
- 実施中のプロモーション活動の効果をリアルタイムでモニタリングする。
- 問題が発生した場合、柔軟に対応できる体制を整える。
例:今治タオルでは、品質管理体制を強化し、厳格な基準を一貫して維持しています。
6) 効果測定と改善(PDCAサイクル)
戦略の効果を測定し、改善を繰り返すことで、持続的なブランド価値を維持します。
- KPI(重要業績評価指標)を設定し、成果を定量的に測定する。
- 観光客数、売上高、SNSでのエンゲージメント、リピート率などが指標となる。
- アンケートやフィードバックを通じて、消費者や地元住民の声を収集する。
- 効果が薄い施策については、迅速に戦略を見直し、改善を行う。
例:熊本県は、くまモンを活用した商品の売上やイベントの集客効果を継続的に測定し、プロモーション戦略を随時見直しています。
7)成功するためのポイント
- 地域独自の強みを明確にすることが、競争の中でブランドを差別化する鍵となります。
- 住民や企業との協働、デジタルマーケティングを活用した効果的な情報発信が、持続可能なブランド戦略の実現に寄与します。
- PDCAサイクルを回して改善を繰り返し、長期的にブランド価値を向上させることが重要です。
7.地域ブランドの課題と改善策
地域ブランドは、特産品や観光資源を活用し、地域の認知度を向上させる有効な手段です。しかし、ブランドの一過性、地域間競争の激化、持続可能なブランド戦略の欠如といった課題が多く存在します。本稿では、これらの課題とその改善策について詳しく解説します。
1) 認知度不足とブランド価値の伝達
<課題>
- 多くの地域ブランドは、知名度が低く、消費者の認識に十分浸透していません。
- 例えば、全国的に知名度の高い「神戸ビーフ」「夕張メロン」のようなブランドは一部に限られます。
- 地域ブランドの魅力が適切に発信されていないため、消費者に届かず、地域の外では認知されません。
<改善策>
①ターゲットを明確化したマーケティング戦略
- 例:「国内市場向け(都市部の富裕層)」「海外市場向け(アジアの富裕層)」など、明確なターゲットを設定します。
- 地域ブランドの認知度を高めるために、SNS広告、YouTube動画、オンラインイベントを活用。
②ブランドストーリーを強化
- 「なぜこの地域でこの商品なのか?」を明確に伝えます。
- 例:「長崎カステラは南蛮貿易の歴史が背景にある」「信州そばは、寒冷地で小麦が育ちにくかったため発展した」など、消費者が共感できる背景を発信。
③観光との連携
- 地域の特産品を観光体験と組み合わせて発信します。
- 例:「仙台の牛タンは、戦後の食文化の発展とともに生まれた」という歴史を伝えながら、試食体験を提供。
2) ブランドの一過性問題と対策
<問題点>
多くの地域ブランドは、短期間で注目を集めるが、数年後には認知度が低下し、消費者の関心が薄れてしまいます。いわゆる「ブームで終わる」現象である。
●ブランドが一過性で終わる主な原因
①話題性重視のプロモーション
- 一時的なSNSキャンペーンやインフルエンサーの活用に依存し、持続可能なブランド戦略が欠けています。
- 例:一時的にバズったが、その後の展開がなく失速したご当地グルメや観光地。
②商品や観光資源の本質的な魅力が弱い
- 「地域ブランド」として打ち出しているが、実際には他地域と差別化できるほどの特長がなません。
③リピーターの獲得に失敗
- 「一度訪れたら十分」と思われてしまい、定期的な訪問者や愛着を持つファンが生まれにくいです。
<改善策>
ブランドを長期的に成功させるためには、持続的なブランド戦略を構築し、消費者と地域住民との関係を強化することが重要です。
① ストーリーブランディングの強化
- ブランドに「物語」を持たせることで、消費者が共感し、長期的に愛されるブランドに育てます。
- 例:北海道「六花亭」は単なるお菓子ブランドではなく、「北海道の自然とともに生きる企業」というストーリーを発信し続けています。
② リピーター獲得の仕組み
- 地域に再訪してもらうための仕組みを作ります
- 例:「京都の御朱印巡り」のように、毎年訪れたくなる体験を提供。
- 「スタンプラリー」「年間パスポート」「会員制度」などで、繰り返し訪れる動機を作ります。
③ デジタル技術の活用
- メタバースやARを使い、リアルとバーチャルを融合させたブランド体験を提供
- 例:「バーチャル奈良ツアー」を提供し、実際の訪問につなげます。
3) 地域間競争の激化への対応
地域間競争が激化する理由
近年、多くの自治体が地域ブランドを推進しており、「似たようなブランドが乱立する」という問題が生じています。消費者にとって、どのブランドも同じように見えてしまうと、最終的には価格競争に陥る可能性があります。
<競争の原因>
- どの地域も「特産品」「観光資源」を活かしたブランドを展開
- 例:全国各地で「和牛ブランド」が乱立し、差別化が難しくなっています。
- 消費者の選択肢が増え、他地域へ流れてしまう
- 例:「ご当地ラーメン」ブームのように、一つの地域が注目されると、他地域も同じ戦略を採用し、結果的に競争が激化。
地域間競争を乗り越える差別化戦略
競争を勝ち抜くためには、単なる「有名な特産品」ではなく、「地域ならではの強み」を活かした戦略が必要です。
①プレミアムブランド戦略
- ターゲットを高価格帯に設定し、ブランド価値を高めます
- 例:「神戸ビーフ」は高級和牛として確立し、価格競争から脱却。
→「GI(地理的表示)」の取得によって、本物の価値を保証。
② 体験型ブランド戦略
- 地域ならではの体験価値を提供することで、単なる物販に依存しません
- 例:「静岡のお茶摘み体験」「新潟の酒蔵巡りツアー」
→体験とセットで販売することで、消費者との関係を深めます。
③ 文化・ストーリーを活かしたブランド戦略
- 歴史や伝統を前面に出し、ブランドの「独自性」を強化
- 例:「金沢=和菓子文化」「京都=町家体験」「沖縄=琉球文化」
連携型マーケティングの重要性
地域単体でブランドを作るのではなく、「地域間連携」を強化することで、競争ではなく共存の道を模索します。
① 地域間コラボレーション
- 異なる地域と連携し、新しい価値を生み出す
- 例:「北海道の海産物 × 京都の日本酒」のコラボレーションイベント
② 広域観光ブランドの形成
- 地域単体ではなく、複数の自治体が協力し、ブランドを強化
- 例:「瀬戸内ブランド」(岡山・広島・香川が連携)
③ デジタル連携
- オンラインでのブランド発信を強化
- 例:「ECプラットフォーム」で、異なる地域の特産品を一括販売。
4) 総括
地域ブランドは、単なる一過性のブームで終わらせず、持続可能な戦略を構築することが重要です。特に、以下の3つのポイントが成功のカギを握ります。
①「ストーリーブランディング」と「リピーター獲得」の強化
- 消費者との長期的な関係を築く仕組みを作ります。
②差別化戦略の明確化
- プレミアム化、体験価値の提供、文化・歴史の活用。
③地域間連携とデジタル活用
- 競争ではなく、協力によるブランド価値の向上。
地域ブランドの成否は、単なる一時的な話題性ではなく、持続的なブランド価値の創出にかかっています。そのためには、地域全体での戦略的な取り組みと、消費者との長期的な関係構築が不可欠です。
参考文献
電通abic project編(2009)『地域ブランド・マネジメント』有斐閣
佐藤可士和・四国タオル工業組合(2014)『今治タオル 奇跡の復活』朝日新聞出版
デビッド・アーカー(2014)『ブランド論—無形の差別化を作る20の基本原則ブランド論』ダイヤモンド社
ジャン=ノエル・カプファー(2004)『ブランドマーケティングの再創造』東洋経済新報社
How Brands are built. The Brand Identity Prism and how it works