
地方創生から10年。人はどの地域に集まり、どの地域から離れていったのでしょうか。人口の転入・転出という「社会増減データ」から、地域の本当の競争力と課題が見えてくる。数字が語る地方創生の現実に迫ります。
1.地方創生10年、成果はどこに現れたのか?
2014年に始まった「地方創生」は、東京一極集中の是正や地方への人の流れを生み出すことを目的に、多くの自治体が移住促進や地域魅力の向上に力を注いできました。あれから10年、果たして人の流れは変わったのでしょうか。
人口減少が避けられない日本において、出生数による自然増減では多くの地域がマイナス傾向にあります。そのような中、注目すべきは「社会増減」――つまり、転入と転出の差です。このデータは、地域の魅力や経済力、居住環境などの総合力を反映した、いわば「地域の競争力」を測る鏡とも言えます。
2.社会増減は「地域の魅力」の指標です
人口の社会増減は、単に人の移動を示すだけでなく、「どこに住みたいと思われているか」「どの地域が生活や就業に有利と判断されているか」を表しています。若者世代、子育て世代、高齢者など、それぞれが自らの価値観に基づいて生活の場を選ぶ時代です。だからこそ、人口の社会増減は自治体の政策がどれほど成果を挙げたかを如実に映し出す指標です。
また、人口を受け止める地域の「可容人口(キャパシティ)」という概念も重要です。かつては農業生産量によって決まっていましたが、現代では「就業機会の有無」が決定的となっています。地域に仕事がなければ、いかに自然環境や福祉が整っていても定住にはつながりません。つまり、年金生活者などの移住促進だけでは持続可能な地域活性化にはなりにくく、いかに雇用を創出するかが鍵となります。
3.人はなぜ移動するのか? 3つの人口移動モデル
人々の移動を理解するためには、行動の背後にある理論を知っておく必要があります。人口移動に関する代表的な3つのモデルを紹介します。
① 所得格差モデル
もっとも基本的な理論で、「賃金の高い地域に人が移動する」という考え方です。都市部には高賃金の仕事が集中しており、これが地方から都市への人口移動を促す原動力となっています。
② 就業機会格差モデル
賃金水準よりも「仕事があるかどうか」が決め手となるモデルです。特に若年層や失業者は、やりたい仕事や雇用のある場所を求めて移動する傾向が強いです。特定の職業・業種に就きたい人にとっては、地域にその選択肢がなければ転出するしかありません。
③ 人的資本モデル
将来的な収入やキャリア形成の可能性を見越して、人は移動を選択します。現在の所得だけでなく、「生涯所得」や「将来のチャンス」も意思決定に影響を与えます。特に若者にとっては、新しい挑戦やスキル獲得の機会が多い都市部が魅力的に映ります。一方で、年齢が上がると社会的・心理的コストが増し、移動しづらくなる傾向もあります。
この3つのモデルはそれぞれが重なり合いながら、地域間の人口移動を形づくっています。
4.社会増減データに見る地域間競争の実態
1)都道府県別の動向:東京圏の独走と地方の苦戦
2014年から2024年までの住民基本台帳データによると、東京都はこの10年間で約108万人の社会人口を増やしており、全国の社会増加224万人のうち半数を占めました。神奈川・埼玉・千葉を加えた南関東4都県では約200万人に達し、全体の9割近くを占めています。
一方で、地方では以下のような傾向が見られます。
- 社会人口が増加した府県:愛知、大阪、滋賀、福岡、宮城、長野、広島、沖縄
- 減少が目立った地域:東北(宮城を除く)、四国(香川を除く)、九州(福岡を除く)、山陰地方
地域間格差はさらに広がっており、人口の一極集中は東京圏だけでなく、福岡市や名古屋市など地方中枢都市にも表れています。
図1 都道府県別社会人口増減数・率(2014~2024年)

表1 都道府県別社会人口増減数ベスト10・ワースト10(2014~2024年)

2)市町村別の動き:都市と周辺の明暗
- 社会人口数の増加が大きい市町村:大阪市、福岡市、横浜市、名古屋市、さいたま市などの政令指定都市、東京23区
- 増加率が高い市町村:東京都心の区、北海道のスキーリゾート地(倶知安町など)
- 社会人口数の減少が大きい市町村:長崎市、日立市、呉市、佐世保市、北九州市(いずれも港湾・工業都市)
- 社会人口率の減少が著しい地域:北海道の過疎地域、福島県、奈良県の山間部
このように、都市への集中と周辺地域の人口流出という構図が浮き彫りとなっています。
表2 市町村別社会人口増減数ベスト20(2014~2024年)

表3 市町村別社会人口増減率ベスト20(2014~2024年)

表4 市町村別社会人口増減数ワースト20(2014~2024年)

表5 市町村別社会人口増減率ワースト20(2014~2024年)

3)注目すべき地域の特徴的傾向
新潟県:全県的な流出
新潟県では県内に人口の受け皿となる都市がなく、全体として他県への人口流出が止まりません。新潟市や長岡市といった中心都市でも、社会人口の吸引力が弱い状況です。
表6 新潟県内市の社会人口増減数・率(2014~2024年)

大阪府:大都市圏の縮小傾向
大阪府は全体として社会人口は増えていますが、府内の周辺市では人口減少が顕著です。堺市や岸和田市、寝屋川市などかつてのベッドタウンが、産業衰退とともに魅力を失いつつあると考えられます。
表7 大阪府内市の社会人口増減数・率(2014~2024年)

首都圏の周辺部:陰りが見え始める
神奈川県横須賀市や埼玉県熊谷市、千葉県八街市など、東京への通勤圏にある自治体でも、社会人口が減少に転じています。首都圏でも「縮小する都市圏」の兆しが見えます。
福岡市:地方中枢都市の成功例
福岡市の社会人口増加率は7.72%と、福岡県全体(2.67%)を大きく上回っています。「一人勝ち」の構図が見え、糸島市や古賀市といった周辺市町村でも人口が増加しています。
4)地方創生の成功事例:移住を実現した地域の特徴
この10年間、移住によって成果をあげた自治体も存在します。
北海道東川町
住宅支援や教育環境の整備など、生活の質の向上に取り組んだ結果、転入者が安定して転出者を上回っています。
図2 北海道東川町転入者数・転出者数推移(2015~2024年)

島根県海士町
地域の魅力発信や教育プロジェクトが話題となり、全国から関心を集めています。年によっては転出超過もありますが、全国的にも注目される移住先となっています。
図3 島根県海士町転入者数・転出者数推移(2015~2024年)

徳島県神山町
クリエイティブ層の呼び込みやサテライトオフィス誘致に成功し、近年は転入者が急増しています。今後のさらなる発展が期待されます。
図4 徳島県神山町転入者数・転出者数推移(2015~2024年)

これらの自治体は、「住んでみたい」「働いてみたい」と思わせる地域環境づくりに注力してきた点が共通しています。
結論:地方創生は「社会増減」で評価されるべきです
地方創生の取り組みを検証する上で、最も明確で客観的な指標は「社会増減」だと言えます。どれだけの人がその地域に魅力を感じ、実際に移り住んだのか。それは、政策の成否を端的に示す数字です。
今後、地方自治体には次のような視点が求められます。
- 可容人口を意識した雇用政策の整備
- 若年層が地域でキャリアを描ける環境の整備
- 外部からの移住者を受け入れる柔軟な地域社会の構築
地方創生の本質は、「人が暮らし、働き、未来を描ける地域」をどう実現するかにあります。社会増減というデータを起点に、地域の課題と可能性を見つめ直していくことが、これからの地域戦略にとって不可欠です。