シリコンバレーは、イノベーションと起業家精神の象徴として、世界中のテクノロジーとビジネスをリードしてきました。スタートアップ文化、ベンチャーキャピタル、強固なネットワーク、そして挑戦を恐れない精神が融合したこのエコシステムは、なぜこれほど強力な成功を収めているのでしょうか。本記事では、シリコンバレーのエコシステムと文化に焦点を当て、その成功要因と課題、そして未来展望について探っていきます。
1. 文化としてのスタートアップ・エコシステム
1） スタートアップ文化の概要
シリコンバレーのスタートアップ文化は、革新的なアイデアと技術が次々と生み出されることで世界中から注目を集めています。この文化の中心には、失敗を恐れず、挑戦し続ける精神が根付いており、スタートアップ企業や起業家が迅速にアイデアを実験し、学びを得ることが奨励されています。この文化がシリコンバレーのイノベーションと成長の原動力となっています。
図１ シリコンバレーの起業家群
起業家の特性
シリコンバレーの起業家にはいくつかの特性があります。まず、彼らは失敗を成功へのプロセスと捉えることができる柔軟な思考を持っています。失敗することを恐れず、それを学びの機会とし、次の挑戦に活かすことが彼らの強みです。このような失敗を経験することが、彼らのビジネス戦略をより強固なものにしていきます。
また、シリコンバレーの起業家は、非常に高いリスク許容度を持っています。大きな成功を収めるためにリスクを取ることが当たり前とされ、彼らは革新的なアイデアやビジネスモデルに挑戦します。これは、伝統的なビジネスの枠にとらわれず、新しい市場や技術を切り開くための重要な姿勢です。
さらに、起業家は豊富なネットワークを活用する能力に長けています。シリコンバレーは、技術者や投資家、顧客、メンターなどが密接に関わり合う場所であり、起業家はこうしたネットワークを最大限に活用して、リソースやアドバイスを引き出します。特にリーダーシップが重要視され、起業家は自らのビジョンをチーム全体と共有し、成功に導くために必要なリーダーシップスキルを発揮します。
最後に、情熱と高い動機付けが彼らの特性の一部です。起業家は自分のビジネスやアイデアに対して強い情熱を持ち、長期的な成功を追い求める強い動機が彼らを支えます。このような情熱は、困難な状況に直面しても乗り越える力となり、ビジネスを成長させるエネルギー源となります。
2） 起業を支える人たち
シリコンバレーのスタートアップ文化を支えているのは、起業家だけではありません。彼らの成功には、多くの専門家や支援者の存在が欠かせません。まず、ベンチャーキャピタリスト（VC）やエンジェル投資家が重要な役割を果たします。彼らはスタートアップ企業に資金を提供し、その成長を支援します。ベンチャーキャピタルはスタートアップの将来性に投資し、高いリスクを取りながらも、大きなリターンを期待します。エンジェル投資家は個人の資産を元に、初期段階の企業に対して投資を行い、財政的なバックアップを提供します。
法律面でも支援が重要です。弁護士は、起業家が法的な問題に直面した際にサポートし、知的財産や契約、特許申請などの面で助けになります。シリコンバレーの法律事務所の中には、スタートアップ向けの特別な支援パッケージを提供し、法的手続きを効率的に進めるためのアドバイスを行うところも多くあります。
また、弁理士も起業家を支援する重要な存在です。彼らは特許の取得をサポートし、スタートアップの技術やアイデアが他者に侵害されないように保護します。ベンチャー企業の多くは。資産は知的財産のみというところも多くあります。技術が競争力の源泉であるシリコンバレーにおいて、知的財産の保護は極めて重要です。
ヘッドハンターもスタートアップにとって不可欠です。スタートアップ企業が成長する過程で、優れた人材を採用することは大きな挑戦となります。ヘッドハンターは企業のニーズに合わせて最適な人材を見つけ、採用プロセスをサポートします。これにより、スタートアップは急速に成長するために必要なスキルを持つ人材を確保できます。
さらに、アクセラレーターやインキュベータはスタートアップ企業を加速させる役割を果たします。アクセラレーターは、スタートアップ企業に対して特訓プログラムを提供し、数カ月間の短期間で事業モデルの確立や成長を促進します。インキュベータは、初期段階の企業にオフィススペースや資金、メンタリングを提供し、長期的な成長を支援します。これらのプログラムは、企業が成功するための基盤を築くために重要な役割を果たします。
表１ インキュベータとアクセラレーターの違い
3） 起業家のネットワークとコラボレーション
ネットワークとコラボレーションが生み出す多様な知識とアイデア
シリコンバレーの成功には、ネットワークとコラボレーションが不可欠な要素として重要な役割を果たしています。この地域では、異なる企業や起業家が集まり、アイデアや情報を交換し、相互に刺激し合う環境が築かれています。こうしたネットワークとコラボレーションの文化は、新しい発見やイノベーションを生み出すための土壌となり、シリコンバレーのイノベーション・エコシステムの中核を形成しています。
シリコンバレーにおけるネットワークとコラボレーションは、異なる業界や分野の専門家が集まることで多様な知識や経験が共有されます。これにより、異なる視点やアプローチが組み合わされ、新しいアイデアや解決策が生まれます。例えば、ソフトウェアエンジニアがハードウェアエンジニアと協力して、新しい製品やサービスを開発することがあります。このような異なる専門知識や技術の組み合わせによって、革新的なプロジェクトや製品が生み出され、市場での競争力が強化されます。
情報共有と学びの機会による技術向上
さらに、シリコンバレーのネットワークとコラボレーションは、情報の共有と学びの機会を提供します。起業家や技術者は、他の専門家や同業者との交流を通じて、最新のトレンドやテクノロジーについて学び、自らのスキルや知識を向上させることができます。また、過去の成功や失敗の経験を共有することで、他者の教訓を活かすことができます。このような情報共有と学びのプロセスは、シリコンバレーのイノベーション・エコシステム全体の発展に寄与します。
ビジネスチャンスとパートナーシップの創出
さらに、シリコンバレーのネットワークとコラボレーションは、新しいビジネスチャンスやパートナーシップの発見を促進します。起業家や企業は、他の企業や起業家との交流を通じて、新しいビジネスアイデアや市場機会を見つけることができます。また、共同プロジェクトや提携関係の形成によって、より大きな成果を得ることができます。このようなビジネスチャンスやパートナーシップの発見は、シリコンバレーのイノベーションと経済成長を促進し、地域全体の繁栄に貢献します。
2. ベンチャーキャピタルの役割
1） ベンチャーキャピタルの特性
ベンチャーキャピタル（VC）は、シリコンバレーのイノベーションを支える重要な資金源であり、新興企業やスタートアップに資金を提供し、成長と成功を後押しする投資家グループや会社を指します。ベンチャーキャピタルは、高リスク・高リターンを前提に、革新的なビジネスアイデアや技術に投資します。特にシリコンバレーでは、ベンチャーキャピタルが経済エコシステムの中核を担っており、イノベーションと企業の成長を加速させる重要な役割を果たしています。
ベンチャーキャピタルの基本概念
ベンチャーキャピタルは、新興企業への投資を行い、その成長を支援する機関です。ベンチャーキャピタルと言えばシリコンバレーがイメージされますが、1946年にボストンで設立されたAmerican Research and Developmentがその先駆けと言われています。ベンチャーキャピタルは、資金提供にとどまらず、企業に経営ノウハウやビジネス戦略のアドバイスを提供します。
新興企業はしばしばリソースが限られており、資金調達や経営戦略の面で多くの課題に直面します。ベンチャーキャピタルはこれらの企業に対して資金を提供することで、ビジネスの成長を支援し、企業が新しい市場に進出するための支えとなります。ベンチャーキャピタルの利益は、通常、投資先企業のIPO（株式公開）やM&A（合併・買収）によって得られますが、それまでには技術的リスクや市場リスクを負担しなければなりません。
ベンチャーキャピタルの形態
ベンチャーキャピタルには、法人形態と個人形態の2つの主要なタイプがあります。法人形態のベンチャーキャピタルは、KPCBやセコイヤのような独立系の専門機関、大手金融機関の子会社、インテルやグーグルなどの事業会社の子会社があります。これらのベンチャーキャピタルは、新しいテクノロジーや市場機会を見極め、それらに投資することで大きな利益を上げることを目指しています。特に事業会社系のベンチャーキャピタルは、ベンチャー企業に投資し成長を見極め、本体に吸収合併することも多々あります。
一方、個人形態のベンチャーキャピタルは、エンジェル投資家と呼ばれる富裕層の個人が主導します。エンジェル投資家は、個人的な資金を新興企業に投資し、初期段階での成長を支援します。彼らは、企業が商業的成功を収める前にリスクを引き受け、起業家のビジョンに共感しながら支援を行います。
シリコンバレーでは、起業家が自分のビジネスを育てるために必要なリソースやサポートが豊富に提供されています。ベンチャーキャピタルやシードマネー、アクセラレータプログラムなどの資金提供機関が存在し、起業家がビジネスをスケールさせるための資金を調達するのを支援しています。さらに、起業家向けのコワーキングスペースやイノベーションハブが数多くあり、そこでの交流や共同作業がイノベーションを加速させています。
図２ スタートアップの成長フェーズと資金調達先
2） シリコンバレーのベンチャーキャピタル
シリコンバレーとベンチャーキャピタルの関係
シリコンバレーの急速な発展には、ベンチャーキャピタルの存在が不可欠でした。ベンチャーキャピタルは、シリコンバレーのスタートアップ企業に対して資金を提供し、イノベーションを商業化する役割を果たしました。技術的リスクや市場不確実性が高い初期段階であっても、ベンチャーキャピタルはリスクを負い、新しいビジネスモデルや技術の実現に資金を投入します。これにより、シリコンバレーは世界のハイテク産業の中心地としての地位を確立し、テクノロジー企業の成長を推進しました。
ベンチャーキャピタルの集積とそのメリット
シリコンバレーには、パロアルトやサンドヒルロードに代表されるベンチャーキャピタルの集積地が形成されており、スタートアップや起業家が容易に資金を調達できる環境が整っています。この「集積の利益」により、シリコンバレーの企業は資金提供者と迅速に連携し、事業拡大やイノベーションを進めやすくなっています。また、投資家同士が近接していることで情報や知識の共有、リスクの分散が進み、ネットワーク効果が生まれています。
この地域に多くのベンチャーキャピタルが集積する理由は、起業家や技術者、専門家たちが豊富に存在し、アイデアやビジネスモデルが自由に交換される土壌が整っているためです。シリコンバレーの強力なエコシステムは、企業間の連携や人材の移動がスムーズに行われることで、ハイテク産業のクラスターを形成しています。さらに、これにより市場規模が拡大し、労働市場も高度に専門化されています。
図３ スタンフォード大学周辺のベンチャーキャピタルの集積
以下にシリコンバレーを代表するKPCBとセコイヤ・キャピタルについて紹介します。
クライナー・パーキンス・コーフィールド＆バイヤーズ（KPCB）の役割
クライナー・パーキンス・コーフィールド＆バイヤーズ（KPCB）は、1972年に創設された著名なベンチャーキャピタルの一つです。創設者の1人であるユージン・クライナーは、フェアチャイルド・セミコンダクターの創設メンバーであり、イノベーションの先駆者として知られています。同社は、テクノロジー企業に特化した投資を行い、シリコンバレーの成長を支えてきました。
KPCBは、ITスタートアップ企業であるアマゾンやグーグル、サンマイクロシステムズ、ジェネンテックなどの成功に貢献してきました。これにより、シリコンバレーはイノベーションの聖地としての地位を確立し、ベンチャーキャピタルとしても高い評価を受けています。最近では、環境技術分野への投資にも力を入れており、クリーンテクノロジーの分野においても一定の影響力を持っています。
セコイヤ・キャピタルの役割
セコイヤ・キャピタルは、1972年にドン・ヴァレンタインによって創設されたベンチャーキャピタルで、シリコンバレーにおけるスタートアップ支援に大きく貢献してきました。ヴァレンタインは、フェアチャイルド・セミコンダクターの勤務経験を生かし、アップルやアタリ、シスコシステムズなど、後に世界的に成功を収める企業に早期投資を行いました。
セコイヤ・キャピタルの投資戦略は、市場規模や成長ポテンシャルを重視するものであり、数多くの成功企業を輩出してきました。2024年現在、セコイヤ・キャピタルは中国やインドでの投資を分社化し、グローバルに展開しています。これにより、シリコンバレーにとどまらず、世界中のテクノロジー産業に対しても大きな影響を与え続けています。
3. シリコンバレーのエコシステムと成功要因
シリコンバレーは、世界的に注目される革新的技術とスタートアップ企業の発祥地として知られています。その成功の背景には、独自のエコシステムと複数の要因が絡み合っており、これらが相互に作用しあうことで持続的なイノベーションを生み出しています。
1)シリコンバレーのエコシステム
シリコンバレーのエコシステムの構成要素としては、起業家、技術者、研究機関、投資家、支援機関、そして政府が有機的に結びついた複雑な構造を持っています。このエコシステムの中心には、ベンチャー企業はもちろんのこと、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校といった世界トップクラスの教育・研究機関が存在し、最先端の研究成果を産業界に迅速に還元する仕組みを構築しています。
シリコンバレーの特徴的なエコシステムの特徴は、以下の5つの要素が相互に作用し合うことで、持続的なイノベーションを生み出しています。
① 起業家精神とリスクテイキングの奨励
まず、起業家精神とリスクテイキングの奨励が挙げられます。シリコンバレーでは、新しいアイデアに挑戦することが高く評価され、失敗さえも貴重な学習経験として捉えられています。この文化が、起業家たちに大胆な挑戦を促し、革新的な製品やサービスの創出につながっています。例えば、多くの成功した起業家が過去の失敗経験を公に語り、それを糧に再起を図った事例が数多く存在します。この「失敗を恐れない」文化が、シリコンバレーの絶え間ないイノベーションの源泉となっているのです。
② 産学連携の強化
次に、産学連携の強化が重要な役割を果たしています。スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校といった世界トップクラスの教育機関が、最先端の研究成果を迅速に産業界に還元する仕組みを構築しています。特にスタンフォード大学は、学生や教授陣の起業活動を積極的に支援し、大学発のスタートアップ企業を多数輩出しています。この産学連携モデルにより、アカデミックな知見と実業界のニーズが効果的に結びつき、革新的な技術やビジネスモデルが生まれやすい環境が整っているのです。
③豊富な資金提供と支援体制
また、豊富な資金提供と支援体制も、シリコンバレーの強みの一つです。KPCB（クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ）やセコイヤ・キャピタルなど、世界的に有名なベンチャーキャピタルが集積し、革新的なアイデアや技術を持つスタートアップ企業に対して積極的に投資を行っています。これらの投資家は単なる資金提供者にとどまらず、経営ノウハウや戦略的アドバイスも提供し、企業の急成長を支援しています。さらに、Y CombinatorやPlug and Playなどのアクセラレーターやインキュベーターが、スタートアップの初期段階から成長をサポートする体制を整えています。
④ 多様な人材とオープンなネットワーク
シリコンバレーの特徴として、多様な人材とオープンなネットワークも挙げられます。世界中から集まった多様なバックグラウンドを持つ技術者や起業家たちが、オープンな環境で自由に交流し、新たなアイデアや革新を生み出しています。この交流を促進するため、数多くのコワーキングスペースやネットワーキングイベントが存在し、業界の垣根を越えたコラボレーションが日常的に行われています。この多様性とオープンさが、創造的な問題解決や斬新なビジネスモデルの創出につながっているのです。
⑤魅力的な住環境と労働条件
最後に、魅力的な住環境と労働条件も、シリコンバレーの成功を支える重要な要因です。カリフォルニア州特有の温暖な気候と豊かな自然環境は、創造的な活動を支える快適な背景となっています。また、テクノロジー企業が提供する高給与や充実した福利厚生は、世界中から優秀な人材を惹きつける大きな魅力となっています。さらに、文化的な多様性や質の高い教育・医療施設の存在も、長期的な定住を促す要因となっています。
2) シリコンバレーの成功要因
シリコンバレーが世界的なイノベーションの中心地として発展した背景には、文化的、制度的、人的、環境的な要因が複雑に絡み合っています。
①文化的要因
文化的には、失敗に対する寛容さが特筆されます。シリコンバレーでは、リスクを恐れず挑戦し、失敗から学ぶ姿勢が高く評価されています。この文化が、革新的なアイデアの創出と実現を後押ししているのです。また、多様性を尊重する風土も、異なる視点や専門知識の融合を促し、創造的な問題解決につながっています。
②制度的要因
制度面では、産学連携モデルが重要な役割を果たしています。特にスタンフォード大学は、研究成果の産業応用を積極的に推進し、学生や教授陣の起業活動を支援しています。このモデルにより、最先端の技術やアイデアが迅速に事業化される環境が整っているのです。
また、充実した資金調達インフラも大きな強みです。ベンチャーキャピタルは単なる資金提供者ではなく、経営支援やネットワーキングの面でも重要な役割を果たしています。さらに、政府の支援政策も見逃せません。研究開発資金の提供や税制優遇、労働者の自由な移動を促進する政策などが、イノベーション環境の整備に貢献しています。
③人的要因
人的要因としては、世界中から集まる優秀な人材の存在が挙げられます。シリコンバレーには、多様なバックグラウンドを持つ技術者や起業家が集まり、知識とスキルを共有しています。特に、成功を収めた起業家たちが次世代の育成に関わり、メンターとしての役割を果たしていることも重要です。この循環的なフィードバックシステムが、エコシステムの持続的な強化につながっています。
④環境的要因
最後に、シリコンバレーの環境要因も無視できません。年間を通じて過ごしやすい気候と豊かな自然環境は、創造的な活動を支える重要な背景となっています。加えて、高給与や充実した教育・医療施設、文化的な多様性といった要素が、優秀な人材の長期的な定住を促しています。
これらの要素が複雑に絡み合い、相互に強化し合うことで、シリコンバレーは持続的にイノベーションを生み出す環境を維持しています。このユニークなエコシステムは、世界中のテクノロジー産業に大きな影響を与え続けており、他の地域がイノベーション・ハブを形成する際のモデルケースとなっています。シリコンバレーの成功は、単一の要因ではなく、複数の要素が有機的に結びついた結果であり、そこにこそ他の地域が学ぶべき重要な教訓があるといえるでしょう。
図４ シリコンバレー形成の要素と流れ
4.シリコンバレーの課題と持続的発展
1) シリコンバレーの課題
交通渋滞と通勤時間の増大
シリコンバレーは集積の不経済として交通渋滞や通勤時間の増加が問題となっています。多くの労働者が遠くの地域から通勤するようになったことで、交通インフラに負荷がかかり、通勤時間が長くなっています。これらの問題は、シリコンバレーの魅力を損なうだけでなく、長期的な経済成長にも影響を与える可能性があります。
住宅価格の高騰と労働者不足
もう一つの大きな課題は、シリコンバレーの住宅価格の高騰です。急激な不動産価格の高騰により、地元住民や公共サービス従事者が居住するのが難しくなっています。生活費の高騰は全国平均の約1.78倍に達しており、食料や医療、交通費も含めて生活費が非常に高く、特に中低所得者層にとって生活の困難さが増しています。
テクノロジー企業が次々と成長し、高い給与水準の従業員が増える一方で、地域の住宅価格や家賃も急激に上昇しました。その結果、一般の労働者やスタートアップ企業の従業員にとっては、シリコンバレーで生活することが非常に難しくなっています。住宅を手に入れられない労働者がシリコンバレーを離れ、他の地域に移り住むケースが増えているため、企業は優秀な人材を確保するのが難しくなっているのです。
サンフランシスコ中心街のゴーストタウン化
コロナショックにより大手IT企業のリモートワークが進むと、サンフランシスコ市内に通勤する人々が大幅に減少しました。その結果、サンフランシスコ中心街は閑散化し浮浪者が集まるようになり、街がゴーストタウン化しているところも見られるようになりました。
国内における地域間競争
2020年にはHPから分社化した業務向け機器を取り扱うHPEがテキサス州ヒューストンに移転し、2021年にテスラが本社をテキサス州オースチンに移転するなど、高い税率などのビジネス環境や地価高騰などの住環境の悪化したシリコンバレーを脱出する大手企業が現れています。
国際競争力に関する課題
シリコンバレーの国際競争力にはいくつかの課題も存在します。例えば、アジアのテクノロジー産業の台頭や、他の地域でのイノベーションの加速などが挙げられます。中国や韓国、台湾などのアジア諸国は、急速な経済成長とともにテクノロジー産業の発展を目指しており、政府の支援や巨大な市場規模を背景に、シリコンバレーとの競争を展開しています。また、他の地域でもイノベーションの中心地が台頭しており、シリコンバレーに対する競争が激化しています。
2) シリコンバレーの持続的発展
シリコンバレーが未来において国際的な影響力を維持し、地域間競争においてリーダーシップを維持するためには、常にイノベーションと競争力の維持が不可欠です。シリコンバレーがこれまで世界的なテクノロジーの中心地として確立してきた地位を守り、さらに発展させるためには、いくつかの重要な要件が存在します。
住宅インフラの改善
カリフォルニア州政府や地元自治体は、住宅供給の拡大や交通インフラの改善に取り組む必要があります。例えば、テクノロジー企業の中には、自社の従業員向けに住宅を提供するプロジェクトを立ち上げたり、リモートワークを積極的に推進する企業も増えています。これにより、従業員がシリコンバレー外に住みながらも働けるような柔軟な働き方が広がっています。
イノベーションの競争力の維持
シリコンバレーは常に新たな技術やビジネスモデルを創造し続ける必要があります。テクノロジーの進化は速く、競争が激化している中で、常に最先端の技術を開発し、市場に先駆けて提供することが求められます。そのためには、研究開発への投資やイノベーションを促進する環境の整備が欠かせません。シリコンバレーは、大学と産業界との連携を強化し、研究成果を実用化するためのプロセスを改善することで、イノベーションの源泉としての地位を維持する必要があります。
人材の育成と多様化の推進
次に、人材の育成も重要な要素です。シリコンバレーの成功は、優れた人材に支えられています。しかし、テクノロジーの進化や競争の激化に対応するためには、さらなる人材の育成が必要です。特に、STEM（科学、技術、工学、数学）分野の専門知識を持つ人材や、イノベーションに対する情熱を持った起業家が求められます。これらの人材において移民の存在は大きいです。そのためには、教育制度の改革やキャリアパスの整備、多様性や包摂性の推進などが必要です。
国際的なパートナーシップの強化
さらに、国際的なパートナーシップの強化も重要です。シリコンバレーは世界中のテクノロジー企業や起業家と連携し、共同でイノベーションを推進することで、国際的な影響力を高めることができます。特に、アジアや欧州などの地域との連携を深め、異なる文化や規制環境に対応する能力を強化することが重要です。国際的なパートナーシップを通じて、シリコンバレーは世界中のイノベーションをリードし、地域間競争においてリーダーシップを維持することができます。
5.総括
シリコンバレーの形成と発展は、地域の地理的・歴史的背景に深く根ざし、スタンフォード大学や研究機関との連携、軍事技術の発展、そして半導体産業の台頭がその基盤を築きました。フェアチャイルド・セミコンダクターやインテル、アップルといった企業が、地域の技術革新と産業集積を促進し、シリコンバレーを世界的なテクノロジーハブへと導きました。
また、スタートアップ文化やベンチャーキャピタルの存在、多様な人材の集積によるネットワーク効果が、シリコンバレー独自のエコシステムを形成しています。こうした要因が相互に作用し、リスクを恐れずに挑戦する文化や、失敗から学ぶ精神が根付いた地域となり、イノベーションの聖地としての地位を確立しました。
しかし、住宅価格の高騰や交通問題などの課題も存在しており、持続的な発展にはインフラ整備と多様な人材育成、国際競争力の維持が求められています。
参考文献
<シリコンバレーの国際的なつながりに関する本＞
サクセニアン（2008）『最新・経済地理学―グローバル経済と地域の優位性』日経BP
＜起業家に関する本＞
ジミー・ソニ、訳櫻井祐子（2023）『創始者たち イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』ダイヤモンド社
レスリー・バーリン（2021）『トラブルメーカーズ 「異端児」たちはいかにしてシリコンバレーをつくったのか』ディスカバリー・トゥウェンティワン
＜ベンチャーキャピタルに関する本＞
トム・ニコラス 訳鈴木立哉（2022）『ベンチャーキャピタル全史』新潮社
後藤直義、フィル・ウィックハム（2022）『ベンチャー・キャピタリスト』News picks
セバスチャン・マラビー（2023）『The Powe Law ベンチャーキャピタルが変える世界』日本経済新聞出版
＜参考URL＞
