台湾のシリコンアイランド戦略②:新竹科学工業園区の発展

地域イノベーション

台湾が「シリコンアイランド」として世界の半導体業界をリードする背景には、新竹科学工業園区の存在が欠かせません。1980年の設立以来、この科学工業園区は、政府支援と産学連携を基盤に、多くのハイテク企業と優秀な人材を集積してきました。ここでは、台湾の象徴的な産業クラスターとしての新竹科学工業園区がどのように半導体技術革新を推進し、台湾全体の経済成長を支えてきたのか、そして産学協力が人材育成にどのように貢献しているのかについて掘り下げていきます。

1. 新竹科学工業園区と産業クラスターの形成

台湾の半導体産業にとって、新竹科学工業園区(Hsinchu Science Park、HSP)はその象徴的存在です。この場所は、台湾が半導体やハイテク産業で世界のリーダーシップを確立するための重要な拠点として位置付けられています。1980年に設立されて以来、政府主導でインフラが整備され、多くの研究機関や企業が集結し、産業集積が進んでいきました。ここでは、新竹科学工業園区の設立と役割、さらに産学連携がどのように技術革新や人材育成に貢献しているのかを詳しく見ていきましょう。

1.1 新竹科学工業園区の設立と役割

新竹科学工業園区は、台湾のハイテク産業の拠点として1980年に設立、建設が開始されました。台湾が「シリコンアイランド」と称されるまでに成長した背景には、この科学工業園区が担った役割が大きく関わっています。この地区は、半導体、コンピュータ、バイオテクノロジーなどのハイテク分野での産業クラスター形成に中心的な役割を果たし、台湾全体の技術革新と経済成長を牽引するエン人となっています。

【新竹科学工業園区の概要】
所在地:台湾・新竹県新竹市
台北市から南西へ約70km(自動車で約1時間)
面積:1405ha、入居企業数:500社以上、就業人員数:約15万人
運営主体:国家科学委員会工業園区管理局
1976年 新竹における科学技術集積拠点の建設が台湾政府で閣議決定
1980年 「新竹科学工業園区」の建設が開始

図1 新竹科学工業園区の所在地

立地企業

新竹は台湾北部に位置し、首都台北からもアクセスしやすいため、交通インフラが整備されやすい地理的な利点を持っていました。この地に科学工業園区を設置することにより、政府は国内外からの企業誘致を促進し、各企業が技術を競い合うことでクラスター効果を引き出しました。特に、TSMCUMCといったファウンドリー企業が集まることで、台湾は半導体製造の主要な供給拠点となり、世界のテクノロジー市場での競争力を大きく高めました。

主要な研究機関と企業の連携

新竹には、台湾を代表する国立清華大学国立陽明交通大学といった名門大学があり、これらの大学が科学工業園区の発展において大きな役割を果たしてきました。これらの大学では、産業に直結する技術や知識を提供する教育が行われ、さらに研究開発においても企業と共同でプロジェクトを推進しています。

たとえば、国立清華大学とTSMCは、半導体製造に必要な最先端の技術を共同で研究し、TSMCが持つ技術力と清華大学の研究力を融合させることで、より効率的な製造技術を開発しています。このようにして、大学と企業の連携は、産業界で必要とされる技術力を高めるだけでなく、技術革新を生み出す原動力となっています。また、大学に在籍する学生たちもインターンシップなどを通じて企業の現場での経験を積むことができ、即戦力としてのスキルを磨く場としても機能しています。

【新竹科学工業園区の主な立地企業・機関】
企業:ACER、Wistron、TSMC、UMC、力晶、Media Tek、Novatek、Realtek
機関:ITRI
大学:清華大学、陽明交通大学

政府による支援とインフラ整備

新竹科学工業園区の設立において、台湾政府は積極的な支援とインフラ整備を行いました。これは「シリコンバレー型クラスター」を目指した政策の一環であり、各企業が持つ技術を相互に補完し、競争と協力の関係を生み出すための施策でした。政府は企業の進出を促すために、税制優遇措置や資金援助、知的財産の保護などを整備しました。また、新竹科学工業園区内には研究開発に必要なインフラが整備され、研究施設生産設備の高度な管理体制が敷かれたことで、企業にとっても魅力的な進出先となりました。

新竹科学工業園区の開発では、住宅関連インフラの充実も重視されました。これは、シリコンバレーなど海外で技術を学んだ人材が台湾へ帰国し、園区で働くことを促進するためです。台湾政府と企業は、技術者たちが快適な生活を送れるよう、新竹周辺に住宅地やインターナショナルスクールを整備しました。これにより、技術者とその家族が長期的に住みやすい環境が整い、国内での半導体産業の発展を支える人材基盤が強化されました。この取り組みは、地域の魅力を高め、台湾半導体産業の競争力維持に貢献しています。

新竹科学工業園区と産学連携の重要性

新竹科学工業園区の成功は、産学連携が持つ力を強調しています。産学連携とは、産業界と学術界が協力して研究開発や人材育成を行うことを指し、新竹科学工業園区はそのモデルケースとしても注目されています。大学や研究機関が企業と密接に連携することで、技術革新が促進され、専門知識を持った人材が育成され、産業界で即戦力として活躍できる体制が整えられました。

新竹科学工業園区では、企業と大学が一体となった産学協力が進められ、この協力により技術革新が促進され、人材育成が充実しています。政府も、産学連携を強化するために積極的な支援を行い、技術者や研究者を対象とした奨学金制度や、大学内に研究開発センターを設置するなどの取り組みを行ってきました。

こうした産学協力により、新竹科学工業園区では次世代のイノベーターが次々と育成され、彼らが中心となって技術革新を引き起こしています。また、企業側も、大学との協力によって得られる新しい技術を自社の製品に反映させ、市場の変化に対応した製品を迅速に開発できるようになっています。これにより、新竹科学工業園区は台湾の競争力を保ち続け、アジアを代表するハイテククラスターとしての地位を確立しています。

1.2新竹科学工業園区における集積のメリット

新竹科学工業園区における集積のメリットは、効率的な生産体制、技術革新の促進、人材の確保と育成、さらには関連産業の連携による競争力の向上にあります。

①生産の迅速化、生産性の向上

まず、園区内に半導体産業の各工程、つまり設計、製造、後工程(パッケージングやテスト)が集積することで、企業間の情報共有や意思決定が迅速に行えるようになり、開発期間を短縮して市場投入までのスピードを上げることが可能です。企業が地理的に近接しているため、部品の供給や技術のフィードバックも効率的に行われ、コスト削減や品質向上が実現されています。

集積することで、企業間の物流や供給チェーンの効率が向上し、材料調達や部品供給が迅速に行えるようになります。これにより、物流コストや輸送にかかる時間が大幅に削減され、全体的な生産性が向上します。また、近接した企業との連携により、設備やインフラの共有も可能となり、資本コストの削減にも寄与しています。

②イノベーションの促進・スピンアウト企業の創出

また、技術とノウハウが集中することで、各企業が互いに刺激を受けて技術革新が進むというメリットがあります。特に、園区内にはTSMCやUMCといった世界的な半導体製造企業が存在し、これらの大企業が牽引する形で技術水準が引き上げられています。この結果、台湾全体の半導体産業が国際市場で高い競争力を維持できるようになっています。

集積環境により、企業や研究機関が密接に連携し、知識の共有と協力が進みやすくなります。その結果、新しいアイデアが生まれやすくなり、既存企業から派生するスピンオフ企業の創出が促進されます。これにより、半導体産業内での多様な技術開発が進み、産業全体の革新力が強化されます。

③人材の集積・労働市場の厚み

さらに、園区内には清華大学や交通大学といった有名大学、ならびに工業技術研究院(ITRI)などの研究機関が集まっており、産学連携が活発に行われています。これにより、高度な専門知識を持つ人材が育成され、園区内の企業に供給されることで、台湾の半導体産業全体の技術力と競争力が底上げされています。優秀な人材の集積は、台湾国内外からの人材還流も促進し、シリコンバレーで学んだ技術者が帰国して園区内の技術革新に貢献するという好循環が生まれています。

④国際的な評価と信頼性の向上

一つの地域に集積することで、台湾全体の半導体産業が世界市場での存在感を高め、国際的な信頼を築くことができます。新竹科学工業園区が高い評価を受けることで、海外の投資家や企業からの関心が増し、さらに国際的なパートナーシップを強化しやすくなります。これにより、台湾は戦略的に重要なハイテク拠点としての地位を確立しています。

このように、新竹科学工業園区では、企業、大学、研究機関が緊密に連携し、地域全体として競争力を高める仕組みが整っています。これが、台湾を「シリコンアイランド」としての地位に押し上げる原動力となっています。

1.3新竹科学工業園区の成功要因

新竹科学工業園区の成功要因は、政府の強力な支援体制、効率的な産業支援構造、そして国際的な人材と技術の集積にあります。

①国家プロジェクトという位置付けと国の強力なリーダーシップと関与

まず、1980年代からの台湾政府の積極的な関与が園区発展の基盤を築きました。国家科学委員会工業園区管理局がリーダーシップを発揮し、法的枠組みやインフラ整備を推進したことで、企業が安心して進出できる環境が整いました。

②国家科学委員会工業園区管理局による窓口の一元化と効率的な支援体制

次に、窓口の一元化による効率的な支援体制が企業の成長を加速させました。企業、大学、研究機関、自治体が連携し、技術基盤の構築や人材育成が円滑に行われました。清華大学や交通大学といった教育機関の支援で、高度な専門知識を持つ人材が育成され、産学連携により技術革新が促進されました。

③アメリカなどから帰国した技術者の流入とシリコンバレーとの関係の維持

さらに、台湾半導体産業全体について言えることですが、国際的な人材交流やシリコンバレーとの連携も成功の要因です。留学生の帰国やシリコンバレーからの技術者の誘致により、台湾の半導体産業は最新技術を迅速に取り入れることができ、競争力が向上しました。こうした要因が相まって、新竹科学工業園区は台湾の半導体産業の中心地として成長し、「シリコンアイランド」としての地位を確立しました。

図2 新竹科学工業園区の発展図

2. 新竹科学工業園区の主要企業

台湾の半導体産業を語るうえで、TSMCMediaTekは欠かせない存在です。両社は新竹科学工業園区で創業し、発展しました。両社は、異なるビジネスモデルと戦略を持ちながらも、共に台湾を「シリコンアイランド」としての地位に押し上げ、国際的な競争力を高めるために大きな役割を果たしてきました。本章では、TSMCとMediaTekの成長戦略と、それぞれのリーダーシップや技術革新について詳しく説明します。

2.1 TSMCの成長戦略とリーダーシップ

TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)は、ファウンドリー企業としての成功を象徴する存在です。TSMCは1987年にモリス・チャン(張忠謀)によって設立され、半導体製造に特化したファウンドリーモデルを世界で初めて取り入れました。これにより、他の企業が設計に専念し、製造はTSMCが受け持つという分業が可能になり、半導体業界に新たなビジネスモデルが誕生しました。

TSMCは、世界シェア約50%をしめる世界1位のファウンドリー企業として世界に君臨しており、「台湾の護国神山」と言われる存在になりました。

【TSMCの企業概要】
・1987年に新竹科学工業園区に設立された世界初のファウンドリー専門企業
・テキサス・インスツルメンツの上級副社長だったモリス・チャンが社長となる。
・半導体技術はフィリップスと技術提携。
・フィリップスとテキサス・インスツルメンツとの関係が産業の発展や技術的ノウハウの移転を促した。
・キーテクノロジーは微細加工技術(大半のライバル半導体メーカーは、とにかく莫大なコストがかかるために、3nmチップを生産する競争から脱落した。)
収入   690億USドル (2023年)
経常利益 300億USドル(2023年)
従業員数 76,000人 (2023年)

TSMCの技術革新、ビジネスモデル、国際展開

TSMCの成功の要因として、まず技術革新への絶え間ない投資が挙げられます。TSMCは、世界初の7ナノメートル、5ナノメートル、さらには3ナノメートルプロセスなど、最先端の製造技術を次々に開発し、半導体製造業界の技術リーダーとしての地位を確立しました。この技術革新は、AppleやNVIDIA、AMDなどのグローバル企業からの信頼を勝ち取り、彼らの主要サプライヤーとして世界的な影響力を持つようになりました。

TSMCのビジネスモデルは、製造プロセスを顧客企業の設計に合わせてカスタマイズするという点で非常に柔軟です。これにより、ファブレス企業が多様な市場ニーズに応じた製品を設計し、TSMCがそれを効率的に生産することで、迅速な市場投入が可能になります。また、TSMCは国際展開も積極的に進めており、アメリカや日本、ドイツなどに新たな製造拠点を設立する計画を発表しています。これにより、地域に応じた供給体制の強化と顧客基盤の拡大が図られています。

モリス・チャンのリーダーシップと経営戦略

TSMCの創業者であるモリス・チャンは、ビジネスモデルの革新者として知られ、その経営戦略は台湾経済全体に影響を与えるほど大きなものでした。モリス・チャンは、技術開発に積極的に投資し、製造プロセスの品質を確保することで顧客の信頼を得るという長期的な視点を持っていました。また、彼のリーダーシップは、従業員に対しても自由と責任を強調し、イノベーションを推進する企業文化を築き上げました。モリス・チャンのリーダーシップがなければ、TSMCの成功は成し遂げられなかったでしょう。

2.2 MediaTekの成功とファブレス戦略

MediaTekは、TSMCと異なり、ファブレス企業として半導体設計に特化しており、主にスマートフォンや家庭用エレクトロニクス向けのチップセットを開発しています。MediaTekの成功は、TSMCのようなファウンドリー企業と連携しつつ、設計に集中することで競争力を高めるというファブレス戦略にあります。

【Media Tekの企業概要】
・ファブレス半導体設計会社、世界最大のスマートフォン チップセット ベンダー
・UMCのファウンドリー化に伴い、設計部門が1997年に分社化し設立
・本社 台湾 新竹市
・創業者の蔡明介会長は元ITRIの職員でUMCに移籍後、UMCを創業
・積極的なM&Aを展開し、会社規模を拡大
売上高:5000億台湾ドル(約2兆4000億円)(2023年)
従業員数:22,449人 (2023年)

MediaTekの製品開発とターンキーソリューション

MediaTekの強みは、ターンキーソリューションを提供する能力にあります。ターンキーソリューションとは、設計から製品化に至るまでの一貫したサービスを提供するビジネスモデルであり、顧客が迅速に市場に製品を投入できるよう支援します。例えば、スマートフォンメーカーがMediaTekのチップセットを採用することで、製品開発の時間とコストを削減できるため、新興市場の中小企業にも利用しやすくなっています。

また、MediaTekは価格競争力が高く、特に中・低価格帯のスマートフォン市場で強い存在感を持ってアジアやアフリカなどの新興国市場向けの製品で大きなシェアを獲得しています。しかし最近では設計技術力を向上させ高価格帯へも進出し、アメリカのクアルコム(Qualcomm)の牙城を脅かすまでになり、世界のスマートフォン市場での競争力を高めています。

ファブレス企業の技術力と市場競争力

MediaTekのようなファブレス企業がファウンドリー企業と協力することで、半導体業界全体の技術革新と市場競争力の向上が実現されています。MediaTekの成功は、台湾のファブレス企業としての戦略的な取り組みが、国際市場での競争優位をもたらすという好例となっています。

参考文献

<書籍>

林宏文(2024)『tsmc』CCCメディアハウス

朝元照雄(2014)『台湾の企業戦略』勁草書房

<Web>

新竹科学工業園区

TSMC

Media Tek

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