
はじめに――なぜ都市の再生には違いが生まれるのか?
かつて世界有数の工業都市として繁栄したアメリカのデトロイトとピッツバーグ。どちらも基幹産業の衰退によって深刻な経済危機に直面しました。しかし、その後の発展経路は異なっています。自動車産業の中心地だったデトロイトは、産業競争力の低下や人口流出によって衰退し、2013年には市の財政破綻に至りました。一方、鉄鋼業で繁栄したピッツバーグは、1980年代に大量失業を経験しましたが、その後、大学や医療機関を中心に新たな産業が発展してきました。日本でも、鉄鋼業の中心地として栄えた北九州市は、産業構造の転換と人口減少に直面しながら、環境産業などの育成を進めています。
なぜ、同じように産業衰退を経験しても、地域によってその後の発展経路が異なるのでしょうか。
その違いを考える上で重要なのが、地域経済のレジリエンス(Regional Economic Resilience)という概念です。レジリエンスとは、外部からの衝撃に耐え、回復する能力を意味します。しかし、地域経済にとって重要なのは、単に元の状態に戻ることだけではありません。既存産業が衰退したとき、新しい産業を生み出し、地域経済の構造そのものを変えていく能力も重要です。
本記事では、地域レジリエンスの意味とその決定要因を解説するとともに、3都市の事例から、地域経済の再生を左右する条件を考えます。
1.地域レジリエンスとは何か?
1)経済ショックに対する地域の対応力
地域経済は、さまざまな外部からのショックにさらされています。金融危機による不況、工場閉鎖や基幹産業の衰退、自然災害、感染症の流行などです。
例えば、大規模な工場が閉鎖された場合、その影響は従業員だけにとどまりません。取引先企業の売上減少、商店街の顧客減少、自治体の税収減少などを通じて、地域経済全体に波及します。
こうしたショックに対して、どれだけ影響を抑え、経済活動を回復させ、必要に応じて産業構造を転換できるのか。それが地域経済のレジリエンスです。
経済地理学者のMartin(2012)は、地域経済がショックに対応する過程を、次の4つの側面から捉えています。
| 能力 | 内容 |
| 抵抗力(Resistance) | 経済ショックによる落ち込みを抑える |
| 回復力(Recovery) | 失われた雇用や生産活動を回復する |
| 再編力(Reorientation) | 産業や雇用の構造を組み替える |
| 刷新力(Renewal) | 地域経済の成長経路を再び活性化する |
※刷新力(Renewal)は、従来の成長経路の再開も含む概念であり、新産業への転換だけを意味するものではありません。

ここで重要なのは、ショックへの抵抗力と、長期的に地域経済を変化させる能力は、必ずしも一致しないことです。例えば、特定の大企業に依存する地域は、その企業の業績が好調な間は安定しています。しかし、企業が撤退すると、地域全体が大きな打撃を受ける可能性があります。反対に、一時的に大きな経済的打撃を受けた地域でも、企業や人材が新しい産業へ移行できれば、長期的には異なる発展経路を形成できるかもしれません。
2)元に戻ることと、新しく生まれ変わること
地域レジリエンスには、大きく分けて2つの考え方があります。
第一は、ショックを受けた地域経済が元の状態に戻るという考え方です。例えば、自然災害によって工場が操業停止した場合、設備を復旧させ、生産活動を再開することが目標になります。
第二は、ショックを契機として、地域経済が新しい構造へ変化するという考え方です。基幹産業が衰退した場合、その産業を元の規模に戻すことが現実的とは限りません。既存の技術や人材を活用して新たな産業を生み出す方が、長期的には重要になることもあります。
Boschma(2015)は、進化経済地理学の観点から、地域レジリエンスを長期的に新しい成長経路を形成する能力と結びつけて論じています。地域経済の再生とは、必ずしも過去の繁栄を取り戻すことではありません。変化する経済環境の中で、新たな発展の可能性を見いだすことが重要なのです。
2.地域経済のレジリエンスを決める4つの要因
なぜ、経済危機に強い地域と弱い地域が生まれるのでしょうか。その違いを理解するには、産業構造、人材、企業間ネットワーク、地域の制度や政策に注目する必要があります。
①産業の多様性――特定産業への依存は危険なのか?
地域経済が特定の産業に依存している場合、その産業の衰退が地域全体に大きな影響を与えます。一方、製造業、医療、情報通信、観光など複数の産業が存在する地域では、一つの産業が不況に陥っても、他の産業が地域経済を支える可能性があります。
ただし、産業が多様であれば、それだけでレジリエンスが高まるわけではありません。
ここで重要なのが、関連多様性(Related Variety)という概念です。これは、技術や知識の面で一定の共通性を持ちながら、異なる産業が地域に存在している状態を意味します。
例えば、工作機械産業が集積する地域には、精密加工、金属材料、制御技術などの知識が蓄積されています。これらは医療機器、ロボット、航空宇宙関連などの産業にも応用できる可能性があります。
つまり、既存産業が衰退しても、その地域に蓄積された技術や人材を別の産業に転用できれば、新たな産業への転換が進みやすくなるのです。一方、関連する産業ばかりでは、共通のショックを受けやすい場合もあります。重要なのは、リスクを分散する産業の多様性と、新産業を生み出す知識の関連性を両立させることです。
②人材と知識――新しい産業を生み出せるか?
地域経済の再生には、企業だけでなく、人材や知識の蓄積が重要です。例えば、製造業が衰退しても、地域に高度な技術者や研究者が存在すれば、新たな事業が生まれる可能性があります。大学や研究機関も、企業との共同研究、技術移転、起業支援などを通じて産業転換を支えます。
ただし、大学が存在するだけで地域経済が再生するわけではありません。研究成果を事業化する企業、資金を供給する投資家、新しい事業に挑戦する起業家などが必要です。さらに、衰退産業で働いていた人々が新しい産業へ移動できるよう、職業訓練や再教育を進めることも重要になります。
③企業間ネットワーク――地域のつながりは強みか弱みか?
地域企業の間に密接な取引関係や協力関係が存在することは、地域経済の強みになります。技術や情報が共有され、共同開発が進めば、地域全体の競争力が高まる可能性があります。
しかし、特定の大企業を中心に取引関係が形成されている場合、その企業が撤退すると、多くの関連企業が同時に経営危機に陥ることがあります。また、企業同士の関係が固定化すると、新しい技術や外部企業との連携が進みにくくなることもあります。
地域のネットワークには、既存産業を支える結束力と、新しい知識を取り入れる開放性の両方が求められます。
④制度と政策――地域は変化を受け入れられるか?
産業構造や技術だけでなく、地域の制度や政策もレジリエンスに影響します。自治体が既存産業の維持だけを優先すれば、新産業への転換が遅れる可能性があります。一方、企業、大学、行政、金融機関などが協力し、新しい産業を育成する仕組みがあれば、変化に対応しやすくなります。
重要なのは、将来の産業構造を正確に予測することではありません。技術や市場の変化には不確実性があるため、複数の可能性を試しながら、新しい産業が生まれやすい環境を整えることが必要です。
3.なぜ都市によって再生の道筋が異なるのか?――3都市の比較(デトロイト、ピッツバーグ、北九州)
地域レジリエンスを具体的に理解するために、産業衰退を経験した3つの都市を見てみましょう。
①デトロイト――自動車産業への依存と都市再生の難しさ
アメリカのデトロイトは、20世紀を代表する自動車産業都市でした。フォード、ゼネラルモーターズ(GM)、クライスラーなどが集積し、多数の雇用を生み出してきました。しかし、生産拠点の郊外・海外への移転や国際競争の激化などによって衰退が進みました。人口は1950年の約185万人から2020年には約64万人まで減少し、2013年には市が財政破綻しました。その後、中心市街地の再開発、企業投資、起業支援などによって都市再生に向けた動きが進んでいます。
しかし、中心市街地への投資が進むことと、市民全体の生活水準が改善することは同じではありません。地域によって所得や住宅環境に格差があり、再生の成果がどこまで広がっているのかが課題です。
デトロイトの事例は、企業投資や都市再開発だけでは、地域経済全体のレジリエンスを評価できないことを示しています。
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②ピッツバーグ――鉄鋼都市から大学・医療・技術都市へ
ピッツバーグも、かつてはアメリカを代表する工業都市でした。しかし、1970年代後半から1980年代にかけて、鉄鋼業の衰退によって大量の雇用が失われました。その後、鉄鋼業に代わって発展したのが、大学、医療、研究開発などの分野です。カーネギーメロン大学はコンピューター科学やロボット工学の研究拠点として発展し、ピッツバーグ大学や医療機関も、医療・生命科学関連の研究や雇用を支えてきました。
ここで注目したいのは、ピッツバーグが単に鉄鋼業を復活させたわけではないことです。地域に存在していた大学や研究機関などを基盤として、経済活動の中心が変化してきたのです。
ただし、産業転換には長い時間を要し、人口減少や地域間格差などの問題も残っています。新しい産業の発展が、かつて鉄鋼業で働いていた人々の雇用をそのまま回復させたわけでもありません。新しい産業が成長することと、その恩恵が地域社会全体に広がることは、別の問題です。
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③北九州――重化学工業の衰退から新たな産業への転換
日本の北九州市は、1901年に操業を開始した官営八幡製鐵所を中心に、鉄鋼、化学、機械などの重化学工業が集積する工業都市として発展しました。しかし、産業構造の変化や生産拠点の再編などによって、従来の重化学工業を中心とする経済構造は転換を迫られました。
北九州市では、環境産業の育成、リサイクル産業の集積、環境技術の活用などを通じて、新たな産業の形成が進められてきました。特に、かつて深刻な公害問題に直面した経験が、環境改善の取り組みや環境関連技術の蓄積につながった点は特徴的です。
しかし、新しい産業の育成が進む一方で、北九州市の人口減少は続いています。このことは、産業構造の転換が進んでも、人口減少や都市機能の維持という課題が残ることを示しています。
3都市の比較から何がわかるのか?
| 都市 | 従来の 基幹産業 | 産業転換の方向 | 主な課題 |
| デトロイト | 自動車 | 都市再開発、技術産業、起業支援 | 所得格差、再生効果の地域差 |
| ピッツバーグ | 鉄鋼 | 大学、医療、研究開発、先端技術 | 人口減少、雇用転換 |
| 北九州 | 鉄鋼 重化学工業 | 環境産業、リサイクル、産業高度化 | 人口減少、都市機能の維持 |
3都市とも、かつての基幹産業をそのまま復活させることは困難でした。しかし、産業転換の方向は異なります。ピッツバーグでは大学や医療機関が重要な役割を果たし、北九州では既存の工業技術や環境改善の経験が活用されました。デトロイトでは、自動車産業との関係を維持しながら、都市再開発や新規事業の育成が進められています。
地域経済の再生には、すべての都市に共通する成功モデルがあるわけではありません。 それぞれの地域が持つ産業、技術、人材、制度などによって、実現可能な再生の方向が異なるのです。
4.なぜ地域は衰退から抜け出せないのか?――経路依存性とロックイン
1)過去の成功が将来の衰退を招くこともある
地域経済の発展は、過去の歴史と無関係ではありません。例えば、自動車産業が発展した地域には、部品企業、技術者、専門教育機関、物流施設などが集積します。こうした集積は、企業の生産性を高め、地域の競争力を強化します。
しかし、産業構造が変化したとき、これまでの強みが弱みに転じることがあります。自動車産業に特化した地域では、その産業の衰退によって多数の企業や労働者が同時に影響を受けます。
このように、過去の発展経路が現在の経済構造や将来の選択肢に影響することを、経路依存性(Path Dependence)といいます。さらに、既存の産業構造や制度から抜け出しにくくなる現象を、ロックイン(Lock-in)と呼びます。
例えば、企業が既存技術に依存して新技術への転換が遅れたり、行政が既存産業の維持を優先して新産業の育成が進まなくなったりする場合です。
地域の産業集積や企業間ネットワークは、経済成長を支える一方で、変化を妨げる要因にもなり得ます。
2)既存産業から新しい産業は生まれるのか?
進化経済地理学(Evolutionary Economic Geography)は、地域の産業構造が歴史的にどのように形成され、変化していくのかを重視します。この視点では、新しい産業は何もないところから突然生まれるのではなく、既存の産業、技術、人材、知識などを基盤として形成される場合が多いと考えます。例えば、精密機械産業が集積する地域で、医療機器やロボット産業が発展する可能性があるのは、産業間で技術や知識に共通性があるためです。
このように、既存産業の能力を生かして新しい産業が派生する過程は、地域産業の分岐(Regional Branching)と呼ばれます。ただし、既存産業との関連性が強い分野への進出だけでは、大きな技術転換に対応できない場合もあります。
重要なのは、既存産業からの発展と、外部からの新しい知識や技術の導入を組み合わせることです。地域レジリエンスとは、過去の産業集積を維持する力だけでなく、その蓄積を新しい発展へと結びつける力でもあります。
5.地域経済のレジリエンスを高めるには?
地域経済のレジリエンスを高めるためには、既存産業を守るだけでなく、新しい産業への転換を支える政策が必要です。
第一に、既存産業の技術や人材を活用した産業転換です。
工場の撤退を防ぐことや企業誘致によって雇用を確保することは重要ですが、それだけでは産業構造の変化に対応できません。地域企業が持つ技術や人材を新しい分野に応用できるよう、研究開発や事業転換を支援する必要があります。
第二に、産業の多様化と外部ネットワークの形成です。
特定産業への依存を減らすとともに、地域外の企業、大学、研究機関などと連携し、新しい知識や市場を取り込むことが重要です。地域内部の結束力だけでなく、外部への開放性が求められます。
第三に、人材の再教育と産業間の移動を支えることです。
新しい産業が発展しても、既存産業の労働者がそのまま移動できるとは限りません。職業訓練やリスキリングなどを通じて、産業転換に伴う雇用の問題に対応する必要があります。
第四に、人口減少を前提とした地域経済の再編です。
日本では人口減少が進んでおり、すべての地域が人口増加を実現することは困難です。そのため、人口や雇用の拡大だけでなく、生産性、住民所得、生活の質、公共サービスの維持などを重視する必要があります。人口が減少しても、住民の所得や生活環境が維持・改善されていれば、地域経済の適応が進んでいると評価できる可能性があります。
地域レジリエンスを高める政策とは、危機が発生した後に対処するだけでなく、日頃から新しい産業や事業が生まれやすい環境を整えることなのです。
6.地域レジリエンスをどのように評価するのか?
地域経済のレジリエンスは、一つの統計指標だけで測定することは困難です。例えば、不況による雇用減少が小さい地域は、ショックへの抵抗力が高いと考えられます。しかし、その後に新しい産業が生まれるかどうかは別の問題です。
そのため、短期的な回復と長期的な構造変化を区別する必要があります。
| 評価する側面 | 主な指標 |
| 抵抗力 | 不況期の雇用減少率、生産額の落ち込み |
| 回復力 | 雇用・生産額が回復するまでの期間 |
| 産業の再編 | 産業別就業者構成、新規産業の成長 |
| 新たな発展 | 新規企業の創出、所得・生産性の変化 |
| 社会的な回復 | 失業率、所得格差、住民の生活水準 |
特に重要なのは、何からの回復なのか、何を回復させるのか、どの期間で評価するのかを明確にすることです。短期的な景気回復と長期的な産業転換では、評価すべき指標も異なります。また、企業の成長だけでなく、その成果が地域の雇用や住民生活にどこまで波及しているのかを確認する必要があります。
おわりに――地域は元の姿に戻るべきなのか?
地域経済が衰退したとき、私たちはしばしば、かつての繁栄を取り戻すことを目標にします。工場が閉鎖されれば新しい工場を誘致する。人口が減少すれば人口を増やす政策を進める。しかし、経済環境や産業構造が変化している中で、過去の状態に戻ることが最善とは限りません。デトロイト、ピッツバーグ、北九州の事例が示しているのは、地域経済の再生には多様な道筋があることです。既存産業の再編によって回復する地域もあれば、大学や研究機関を基盤に新しい産業が発展する地域もあります。また、新しい産業が育っても、人口減少などの課題が残る地域もあります。
重要なのは、地域が持つ産業、技術、人材、制度などを生かしながら、変化する経済環境に適応していくことです。地域経済の本当の強さとは、衰退しないことではなく、衰退や危機を経験しても、新しい発展の可能性を生み出せることではないでしょうか。
参考文献
マーカス・K・ブルネルマイヤー(2022)『レジリエントな社会 危機から立ち直る力』日本経済新聞社
・プリンストン大学の経済学者が取り上げるレジリエンスなので、社会だけでなく経済、世界のレジリエンスについて議論しています。骨太で読みごたえはあります。
ジェレミー・リフキン(2023)『レジリエンスの時代 再野生化する地球で、人類が生き抜くための大転換』集英社
・地球環境の持続可能性のためのレジリエンスについて考えたい人にお薦めです。

