産業集積とは?経済を支える集積の力を解説!

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産業集積は、地域経済を大きく左右する現象です。同じ産業や関連企業が一箇所に集まることで、コスト削減や効率化、イノベーションが生まれ、地域全体の競争力を高めます。本記事では、産業集積の基本的な定義から、その類型や実例、理論的背景までを解説し、現代の経済成長における集積の重要性について考察します。

1 産業集積の定義

産業集積とは、特定の地域に関連する企業、産業、研究機関、労働者などが集まり、地理的に密集している現象を指します。これにより、企業間で情報や技術が共有され、コスト削減や効率化、イノベーションの促進が期待されます。産業集積は、規模の経済、範囲の経済、知識のスピルオーバー効果などを生み出し、地域全体の競争力を高める要因となります。

2 産業集積の類型

産業集積について学ぶにあたり、いきなり理論の説明に入る前に、産業集積にはいろいろな形があり、産業集積の多様性について認識してみてください。

1) 産業特性による分類

産業集積地は、その産業特性に応じて、加工組立型と素材型に分類されます。それぞれの集積地は、異なる産業のニーズに対応するために発展してきました。

加工組立型工業都市:このタイプの都市では、自動車産業電機製造業が中心となっており、関連するサプライチェーンが整備されています。例えば、豊田市や太田市は、自動車産業の集積地であり、関連する下請け企業が多数集積しています。これにより、部品供給から最終製品の組立まで、効率的な生産体制が構築されています。

素材型工業都市:素材型工業都市は、鉄鋼業化学工業などの基礎素材産業が中心となっており、大規模な工場が立地しています。例えば、北九州市は鉄鋼業、千葉県市原市や三重県四日市市は化学工業が発展した都市であり、その規模の大きさが特徴です。ただし、このタイプの都市では、事業所内で生産がほぼ完結しており関連する下請け企業が少ないため、集積による効果が限定的であることもあります。

加工組立型と素材型の違いは、集積地がどのように発展し、地域経済にどのような影響を与えるかを理解するための重要な視点となります。

2) 構造による分類

産業集積の構造は、地域の経済構造や企業の特性によって異なります。以下のような分類が一般的です。

企業城下町型特定の企業やグループに地域経済が大きく依存している都市です。代表的な例としては、トヨタ自動車が拠点を置く豊田市や、日立製作所が拠点を置く日立市があります。これらの都市では、地域全体が一つの企業に依存しており、雇用や税収もその企業に大きく左右されます。この依存度が高いことで、企業の経営状況に地域経済が直接的な影響を受けるリスクも存在します。

地域集積型:都市では大田区や東大阪市のように、地方では浜松市や米沢市のように多くの中小企業が集積し、技術力を持っている地域です。これらの地域は、特定の大企業に依存せず、多様な企業が共存することで、地域経済を支えています。

大田区は、機械工業や金属製造業を中心に、多くの中小企業が高度な加工技術を持ち、京浜工業地帯を支える役割を果たしています。

地方には、例えば米沢市のように地域で整備された工業団地に県外大手企業の工場が複数立地し、それに伴い周辺産業が集積するケースも見られます。

●産地型:燕市や関市のように、伝統的な産業が集積している地域です。これらの地域は、特定の工芸品や製品の製造で知られており、その産業を支える技術と知識が地域に根付いています。例えば、燕市は江戸時代から続く金属加工業が発展し、現在では洋食器やゴルフクラブなど、さまざまな金属製品の製造が行われています。

3)機能による分類

産業集積は、立地する企業や事業所の機能や性質により、マーシャル型、ハブ・アンド・スポーク型、サテライト型に分類されます。

マーシャル型:これは、大田区のような地域集積型や、燕市のような産地型の構造を示します。多様な中小企業が密接に連携し、情報や技術を共有することで、地域全体が一体となって経済活動を行っています。マーシャル型の集積では、企業同士の協力関係が強く、新しい技術や製品の開発が促進されやすい特徴があります。(なお、このマーシャルとは後述するアルフレッド・マーシャルのまとめた産業集積論の特徴に由来します。)

ハブ・アンド・スポーク型:豊田市などのように、中心に大企業があり、その周囲に関連企業が集まるタイプです。この構造では、中心企業が地域経済のハブとして機能し、周辺の関連企業を支えています。ハブとなる企業が強力な影響力を持ち、地域全体の経済活動を牽引します。

サテライト型:米沢市のように、地域内のつながりが少ない分工場経済が発展した地域です。このタイプでは、地域内での取引関係が少なく、企業が外部に依存する度合いが高くなります。また、地域の企業が意思決定を行う機会も少ないため、地域経済の自律性が低下するリスクがあります。

図1 マークセンによる産業集積の分類

3 産業集積の具体例

産業集積の特性を理解するために、いくつかの具体例を挙げて説明します。

豊田市:愛知県豊田市は、トヨタ自動車が拠点を置く企業城下町型の典型的な例です。この地域では、自動車産業を中心に関連する企業が集積しており、トヨタ自動車が地域経済を強力に牽引しています。豊田市では、トヨタ自動車が地域のインフラ整備や社会貢献活動にも積極的に関与しており、地域全体の発展に寄与しています。

大田区:東京都大田区は、機械工業や金属製造業を中心に、多くの中小企業が集積する都市型の地域集積です。この地域では、キャノンやニコン(品川区)といった大企業の関連企業が集まり、高度な加工技術を持つ中小企業が試作品の製造を行っています。これにより、京浜工業地帯を支える重要な役割を果たしています。しかし、近年では産業集積の機能が低下しており、工場の廃業が増加しています。

米沢市:山形県米沢市は、地域で整備された工業団地に県外の大手企業の工場が立地し、それに伴い周辺産業が集積する地域です。米沢市は、かつては繊維産業で知られていましたが、現在では電気・機械製造業が中心となっています。分工場経済の特徴を持ち、地域内での取引関係が少なく、工場の海外移転も進んでいます。

浜松市における産業集積については別記事で紹介しています。

燕市:新潟県燕市は、江戸時代から和釘の産地として金属加工業が盛んな産地として発展しました。現在では、洋食器やゴルフクラブ、キャンプ用品など、さまざまな金属製品の製造が行われています。燕市は、地域に根付いた伝統産業が高度に発展し、現在もその技術力が世界に誇れる製品を生み出しています。

4 産業集積の理論

マーシャルの産業集積理論

アルフレッド・マーシャル(Alfred Marshall)は、産業集積の基礎を築いたイギリスの経済学者で、彼の『経済学原理』(1890年)で示した集積に関する理論は、現代でも重要な示唆を提供しています。マーシャルは産業が特定地域に集積する理由として、以下の3つの要因を挙げています。

専門(熟練)労働力のプール: ある産業が集積すると、その産業に特化した専門(熟練)労働者が地域に集まり、企業が必要とするスキルを持った労働者を容易に雇用できるようになります。

部品・サービスの供給: 集積地では、企業間で必要とする部品やサービスが地域内で供給されやすくなり、サプライチェーンの効率が高まります。これにより、取引(輸送)コストや時間の削減が期待できます。

技術や知識のスピルオーバー: 同じ地域に企業が集積することで、技術や知識が自然と共有され、イノベーションが促進されるという効果が生じます。非公式な情報交換や、企業同士の競争・協力が技術革新をもたらします。

このような集積のメリットを総称して「マーシャルの外部経済」と呼び、産業の成長を支える重要な要素とされています。

クルーグマンの新貿易理論・新経済地理学

ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン(Paul Krugman)は、1991年に『新経済地理学』(New Economic Geography)を提唱し、産業集積に対する新たな視点を示しました。クルーグマンは、規模の経済(スケールメリット)と市場への近接性が集積を促す重要な要因であると主張しています。

規模の経済: 大規模な生産を行う企業は、生産コストを低減させるため、特定の地域に集中する傾向があります。集積することで、共通のインフラやサプライチェーンを共有し、コストを抑えることができます。

市場への近接性: クルーグマンは「市場アクセスの論理」を強調し、消費者が集中する市場へのアクセスが集積を促進すると説明しました。製品を消費者に届けるために、輸送コストが低い場所に企業が集まることで、効率的な販売が可能になります。

クルーグマンの理論は、地理的条件と経済のスケールメリットが複合的に働いて集積が進むことを説明しており、グローバル化や都市化が進む現代の産業集積を理解するための重要な視点を提供しています。

ポーターのクラスター理論

マイケル・ポーター(Michael Porter)は、競争戦略における「クラスター理論」を提唱し、特定の地域で産業が集積することで競争力が高まるメカニズムを説明しました。ポーターのクラスターは、企業だけでなく、関連する教育機関や政府、研究機関なども含む広範なネットワークを指します。

競争力強化: クラスター内では、企業間の競争が激化するため、各企業が技術革新や効率向上に取り組む必要があります。競争が競争力を高め、地域全体が成長します。

協力と連携: クラスターでは、競争相手でありながらも、同時に協力関係が形成されることが多く、情報共有や共同研究、産学連携などを通じてイノベーションが促進されます。たとえば、シリコンバレーのIT産業クラスターでは、企業同士が競争しつつも、技術共有や共同開発が進んでいます。

供給チェーンと支援機関の存在: クラスター内には、製品やサービスの供給を支える関連企業や支援機関(教育機関や政府の助成機関など)が存在し、企業の活動を支えています。これにより、コスト削減や効率化が実現し、企業の競争力が高まります。

ポーターのクラスター理論は、企業の競争力が地理的集積によって強化されることを示しており、産業政策や地域経済の発展戦略にも影響を与えています。

都市経済学における集積の経済

都市経済学における「集積の経済」(Economies of Agglomeration)は、企業や産業が集積することで、経済的なメリットが生まれることを説明する理論です。この理論は、特に都市部での集積が生産性や効率性を向上させるメカニズムに焦点を当てています。

集積の種類: 集積の経済には、主に「局所的集積の経済」(特定産業に特化した地域での集積)と「都市的集積の経済」(異なる産業が都市全体に集積すること)があります。

局所的集積の経済では、特定の産業が一つの地域に集中することで、技術や知識の共有、専門労働力の確保、部品やサービスの供給が効率化されます。たとえば、日本の「シリコンアイランド」と呼ばれる九州の半導体産業集積がこれに該当します。

都市的集積の経済では、異なる産業が都市に集積することで、異なる分野の技術やアイデアの交流が生まれ、革新的な製品やサービスが生まれる可能性が高まります。

ネットワーキングとイノベーション: 都市部では、企業や研究機関、政府機関が密接に連携することで、ネットワークが形成され、情報交換や共同研究が進みやすくなります。これにより、イノベーションが促進され、企業の生産性が向上します。

ジェイコブズの外部経済理論

ジェーン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)は、ジャーナリストで都市活動家でありましたが、異なる産業の多様性が集積を促進し、経済成長を支えるという「ジェイコブズの外部経済」理論を提唱しました。

産業の多様性: ジェイコブズは、単一の産業に特化した地域よりも、異なる産業が集積する都市がイノベーションや経済成長を生み出すと主張しました。異なる産業の企業が集まることで、新しいアイデアや技術が生まれやすくなるからです。

都市の成長と発展: 都市は、さまざまな産業が集まり、異なる分野の技術やアイデアが融合する場所として機能します。この多様性こそが、都市の成長と産業の革新を支える要因だとされます。

ジェイコブズの理論は、都市が異業種の集積によって成長することを強調しており、産業の多様性がイノベーションの原動力となることを示しています。

表1 主な産業集積の理論

比較項目マーシャルの産業集積理論クルーグマンの新経済地理学ポーターのクラスター理論都市経済学における集積の経済ジェイコブズの外部経済理論
提唱者アルフレッド・マーシャルポール・クルーグマンマイケル・ポーター都市経済学者ら(特定の提唱者なし)ジェーン・ジェイコブズ
提唱時期1890年1991年1990年代主に20世紀以降1960年代~1970年代
主な内容・特徴専門(熟練)労働力のプール、部品・サービスの供給、技術・知識のスピルオーバーを通じて集積が進む。規模の経済と市場への近接性が集積を促進し、地理的条件と経済のスケールメリットを強調。企業、教育機関、政府、研究機関を含む広範なネットワークが競争力を強化。局所的集積都市的集積が存在し、異業種集積やネットワーキングがイノベーションを促進。異なる産業の多様性が集積を促進し、都市の多様な産業集積がイノベーションと成長をもたらす。
要因・メカニズム熟練労働力、部品・サービス供給、技術・知識の共有(スピルオーバー)規模の経済、輸送コスト、消費者へのアクセス(市場への近接性)競争と協力、情報共有、産学連携、支援機関や関連企業の存在局所的集積(特定産業の集中)、都市的集積(異なる産業の共存)、ネットワーキングとイノベーション産業の多様性、異業種間の技術・アイデア交流

5 集積の経済のメリット

上記のように産業集積の研究では、産業が集積する理由やメリットがまとめられています。以下に、産業が集積するメリットとデメリットについて整理していきます。

1)集積する理由

企業や事業所が集積する理由は、集まることにより企業や地域にとって良いことがあるからです。その集積にはいくつかの経済的・地理的な要因があります。これらの要因は、主に「集積の経済」(または外部経済)の概念に基づいており、以下のようなメリットを企業にもたらします。

① コスト削減と効率性向上

集積することで、企業は様々なコストを削減し、生産効率を高めることができます。特に次の点で大きな利点があります。

輸送コストの削減: 近隣の企業や顧客に製品や部品を提供する際、輸送コストが低くなります。特に、原材料や部品の調達と製品の出荷が短距離で済むため、迅速かつ安価な物流が実現します。

労働市場の共通化: 集積した地域では、特定の産業に特化したスキルを持つ労働力が集中するため、企業は適切な人材を簡単に見つけやすくなります。労働者にとっても、複数の雇用機会が存在するため、地域全体の雇用の安定性が高まります。

② 知識と技術のスピルオーバー(外部波及効果)

企業が集積することで、技術や知識の共有が活発になります。これにより、以下のような効果が期待されます。

技術革新の促進: 近くにある企業同士が競争しつつも協力し合うことで、技術革新が進みます。例えば、情報交換や共同研究開発が活発化し、新しい製品やサービスの開発が加速されます。

ノウハウの移転: 地域内の労働者が異なる企業間で転職することにより、ノウハウや技術が自然に拡散され、全体的な技術水準が向上します。

③ 補完産業やインフラの充実

企業が集中する地域では、補完的な産業やサービスが発展しやすくなります。たとえば、特定の産業に特化したサプライヤーやメンテナンス業者、さらには物流や情報通信インフラが整備されやすくなります。これにより、企業は必要なリソースやサービスをより安価かつ迅速に利用できるようになります。

④ 市場へのアクセスの向上

集積地では市場も集中しやすいため、企業は顧客に直接リーチしやすくなります。消費者も複数の企業から商品やサービスを比較検討しやすくなり、市場全体の活性化につながります。また、バイヤーやサプライヤーなどのビジネスネットワークが充実するため、ビジネスチャンスが拡大します。

⑤ イノベーションエコシステムの形成

集積地は、大学や研究機関、政府機関などと連携してイノベーションエコシステムを形成することが多く、企業はこれらの外部資源を活用できます。例えば、技術開発や人材育成において公的機関や研究機関との協力が期待でき、新しいビジネスの創出が促進されます。

⑥ 集積地としてのブランド効果

一部の地域では、産業集積が進むことでその地域自体がブランドとして認識されることがあります。例えば、シリコンバレーがIT業界の中心地として世界的に認知されているように、特定の産業が集積した地域は、その業界において信頼性や評判を獲得しやすくなります。このブランド効果により、さらに多くの企業や投資および人材が集まりやすくなります。

これらの要因により、企業や事業所は特定の地域に集積し、相互に利益を享受する形で地域経済が発展していくのです。

2) 集積の経済の3つの経済性

上記の集積の理由を経済学的にまとめると3つの経済性を指摘することができます。

① 規模の経済

規模の経済とは、生産規模の拡大によって1単位あたりの生産コストが低下する現象を指します。企業が大量生産を行うことで、設備費や労働費などの固定費が多くの製品に分散され、効率が向上します。たとえば、自動車産業や電子機器製造業などでは、規模が大きいほど生産効率が高まり、コスト削減が可能になります。これにより、大企業は小規模企業に対して競争優位を持ち、市場シェアを拡大しやすくなります。規模の経済は産業集積を促進し、地域経済の成長にも寄与します。

② 範囲の経済

範囲の経済とは、複数の製品やサービスを同時に生産することにより、コスト効率が向上する現象を指します。産業集積における範囲の経済とは、複数の異なる企業が同じ地域に集まることで得られる効率化のメリットです。共通インフラの活用、知識やスキルの共有、サプライチェーンの効率化、専門サービスの共有利用、多様な労働市場の形成、リスク分散などが実現します。これにより、個別企業の運営コストが削減され、イノベーションが促進されます。結果として、地域全体の競争力と経済性が向上します。

③ ネットワーク外部性

ネットワーク外部性とは、ある製品やサービスの利用者が増えることで、その価値が他の利用者にとっても高まる現象を指します。産業集積におけるネットワークの外部性とは、参加者が増えるほど全体の価値が高まる効果です。情報共有の促進、協力関係の構築、取引コストの低減、イノベーションの加速、専門化の進展、人材の流動性向上、評判効果、補完的サービスの充実などが生じます。これにより、集積地域の魅力が増し、さらに企業を引き付ける好循環が形成され、地域全体の競争力が向上します。

6 集積の不経済・デメリット

① 集積の不経済

産業集積が進むと、地価の上昇や交通渋滞、公害などの集積の不経済が生じることがあります。集積が過度に進行すると、地価が高騰し、新たな企業が進出しにくくなるだけでなく、既存の企業のコストも増加します。また、交通渋滞が発生すると、物資の輸送や通勤にかかる時間が増加し、効率が低下します。

さらに、産業活動が集中することで、大気汚染や水質汚染が進行し、地域住民の健康に悪影響を及ぼすことがあります。これらの環境問題は、企業にとってもコスト負担となり、対策が必要となります。集積の利益を享受する企業が、これらの不利益を受ける住民に対して適切な対策を講じない場合、社会的な摩擦が生じることも考えられます。

② 産業構造の硬直化と競争力の低下

産業集積が進むことで、地域の産業構造が特定の産業に依存するようになると、経済の柔軟性が失われ、競争力が低下するリスクがあります。例えば、企業城下町型の地域では、特定の大企業が地域経済を支配することで、新たな企業や産業が進出しにくくなり、産業構造が硬直化します。

このような状況では、技術革新が遅れたり、労働市場が停滞したりすることがあり、結果として地域経済が衰退するリスクが高まります。さらに、グローバル化が進展する中で、地域の中小企業が国際的な競争に対応できない場合、企業の倒産や雇用の喪失が発生し、地域経済に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

③ 社会資本の負担増加

産業集積が進むと、地域の社会資本(インフラストラクチャー)への負担が増加します。例えば、集積が進んだ都市部では、人口の増加に伴い、交通網や公共施設の整備が必要となりますが、これには多額の費用がかかります。また、集積によって発生する公害や環境問題に対応するためには、環境対策の強化や新たな規制が必要となります。

これらの費用は、最終的には地域住民や企業が負担することになりますが、企業が負担を避けるために他地域へ移転するリスクも存在します。このような状況では、集積の不経済が地域全体の経済活動に悪影響を及ぼし、地域の持続可能な発展が困難になる可能性があります。

④ 集積の不利益の偏在と公平性の問題

産業集積の経済的メリットを享受するのは主に企業であり、その利益は企業の収益として反映されます。しかし、集積によって生じる不利益(例えば、公害や交通渋滞による生活環境の悪化)は、地域住民が負担することが多いです。このように、集積の経済と不経済の乖離が生じると、企業と住民の間で利益と負担の不均衡が発生し、社会的な公平性が損なわれるリスクがあります。

これに対処するためには、企業が集積によって得られた利益に対して課税し、その収益を地域の社会資本や環境対策に投資する仕組みが求められます。このような政策を導入することで、集積の経済と不経済のバランスを取ることが可能となり、地域の持続可能な発展を支えることができます。

7 業種別集積の特性

業種が異なっても、集積のメリットについては大筋で同じであると言えます。しかし、業種によって、産業集積を重要とするポイントが異なります。

① 製造業

製造業では、以下のような集積要因が重要です:

サプライチェーンの効率性: 製造業では原材料や部品の調達が多く、これらのサプライヤーが近くに存在することがコスト削減や迅速な生産につながります。自動車産業や半導体産業などは、部品メーカーとの近接性が重要です。

•専門的な労働力: 製造業はしばしば特定の技能を持つ労働力が必要であり、そうした労働力が集積する地域に企業が集まりやすくなります。例えば、ドイツの自動車産業がバーデン=ヴュルテンベルク州に集積しているのは、高度な技術を持つ労働者が集まるためです。

② ハイテク産業(IT・通信技術など)

ハイテク産業においては、以下の要因が集積を促進します:

知識のスピルオーバー: ハイテク産業では技術革新が重要なため、企業同士の情報共有や技術的な交流が集積の要因となります。シリコンバレーはその典型的な例で、スタートアップ企業、研究機関、ベンチャーキャピタルが密接に連携し、新しい技術やアイデアの創出が促されています。

大学や研究機関との連携: ハイテク産業は学術機関と密接な関係を持つことが多く、知識や研究成果を活用できる地域に集積する傾向があります。ボストン周辺のケンブリッジにはMITやハーバード大学があり、バイオテクノロジーや医療技術関連企業が集積しています。

③ クリエイティブ産業

デザイン、広告、映画、ファッションなどのクリエイティブ産業では、次の要因が集積を生むことがあります:

文化的ネットワークと相互作用: クリエイティブ産業は文化やトレンドの影響を受けやすく、クリエイター同士の相互作用やアイデアの交流が重要です。ロンドンやニューヨークのファッション業界や、ハリウッドの映画産業が一例です。これらの都市では、クリエイターや業界関係者が近接して活動することが、革新的な作品やプロジェクトの実現につながります。

インフラと資源の集中: 撮影スタジオ、ファッションショー会場、クリエイティブなカフェやイベントスペースなど、業界に必要なインフラやリソースが整っている場所に企業が集まります。

④ 農業・食品産業

農業や食品産業は地理的条件が重要な役割を果たします。

自然条件: 農業は気候や土壌の条件に依存するため、地域の自然条件が集積要因となります。ワイン産業が特定の地域(フランスのボルドーやイタリアのトスカーナなど)に集中しているのは、気候や地形が最適だからです。

地元の需要とサプライチェーン: 食品産業では、地域の農産物を加工・販売することが多く、地元の原材料に近い場所に集積します。また、食品の鮮度や物流の効率も重要な要素です。

⑤ 金融・サービス産業

金融やサービス産業においては、次の要因が集積を促します:

情報の集中: 金融業やコンサルティング業などのサービス産業は、リアルタイムでの情報取得が重要であり、他の企業や政府機関、メディアが集中する都市部に集まりやすいです。ロンドンのシティやニューヨークのウォール街がその例です。

高度なインフラ: 金融サービスはITインフラや通信環境の整備が不可欠です。これにより、特定の都市にハブが形成されやすく、銀行や証券会社が集積します。

⑥ 観光産業

観光業では地理的な特性が集積の決定要因となります。

自然景観や歴史的資源: 観光産業は観光資源の存在に依存するため、観光地へのアクセスが良い場所や、歴史的建造物、リゾート地の近くに集まる傾向があります。例えば、イタリアのフィレンツェやベネチアはその文化財や歴史的資源を背景に観光業が集積しています。

表2 業種別集積の要因と特徴

業種集積の主な要因集積の特徴と例
製造業– サプライチェーンの効率性自動車産業(例: 豊田市): 自動車関連の部品供給網が整備され、効率的な生産体制が形成されている。
– 専門的な労働力半導体産業(例: 九州のシリコンアイランド): 原材料と高度な労働力が集積。
– 大規模設備の必要性 
ハイテク産業– 知識と技術のスピルオーバーIT産業(例: シリコンバレー): 企業間の技術共有や協力が活発で、新しい技術やスタートアップが誕生しやすい。
– 大学や研究機関との連携バイオテクノロジー(例: ケンブリッジ, ボストン): 大学との連携が強い。
– ベンチャーキャピタルとの近接性 
クリエイティブ産業– 文化的ネットワークと相互作用ファッション産業(例: ロンドン、ニューヨーク): デザイナーや関連業者が密集し、トレンドの発信地として機能。
– インフラ(スタジオ、イベントスペースなど)の充実映画産業(例: ハリウッド): 映画制作インフラが集中している。
農業・食品産業– 自然条件(気候、土壌)ワイン産業(例: フランス・ボルドー、イタリア・トスカーナ): 地域の気候や地形に依存し、特定地域に集積。
– 地元の需要とサプライチェーン食品加工業(例: 北海道): 地元農産物の加工が中心。
金融・サービス産業– 情報の集中金融業(例: ロンドンのシティ、ニューヨークのウォール街): 情報収集の速さが競争力の鍵。
– 高度なITインフラITサービス業(例: 東京、シンガポール): 高速インフラが重要。
– 政府機関やメディアとの近接
観光産業– 自然景観や歴史的資源観光業(例: フィレンツェ、ベネチア): 歴史的資源と文化が観光資源として集積。
– 地域文化へのアクセスリゾート産業(例: ハワイ、沖縄): 自然景観が集客要因となる。

産業によって集積を促進する要因は異なりますが、共通しているのは、企業が相互にメリットを享受できる環境が整っている場所に自然と集まるという点です。特定の産業にとって重要な資源やインフラ、労働力、技術、知識などが揃う地域は、集積地として発展しやすくなります。産業ごとの特性を理解することで、その地域がどのように成長し、発展するかをより深く理解できます。

【参考文献】

松原宏(2006)『経済地理学:立地・地域・都市の理論』東京大学出版会

・立地や集積や都市に関する主要な理論についてまとめている経済地理学の定番の教科書です。しかし大学学部生にはちょっと難しいかもしれません。

伊藤正昭(2019)『新版地域産業論』学文社

・中小企業を中心とした産業集積について解説しています。

伊丹敬之他(1996)『産業集積の本質: 柔軟な分業・集積の条件』有斐閣

・産業集積に関して、経営学者が中心となってまとめた本です。一般の社会人でもわかりやすい本です。

ポール・クルーグマン(1994)『脱「国境」の経済学―産業立地と貿易の新理論』東洋経済新報社

・ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンの著書です。彼は経済地理学を経済学の一部として再評価しました。

藤田昌久、ジャック・F・ティス(2017)『集積の経済学』東洋経済新報社

・集積の要因や都市形成の要因について、都市経済学、空間経済学の立場から数式を用いて解説しています。

マイケル・ポーター(2018)『[新版]競争戦略論Ⅱ』ダイヤモンド社

・Ⅱでは国の競争力を構成する要素や、クラスター論についてまとめています。

ジェーン・ジェイコブズ(2012)『発展する地域 衰退する地域: 地域が自立するための経済学』筑摩書房

・都市活動家でジャーナリストのジェイコブズが都市の経済に関する考えをまとめた本です。取り上げている事例は古いですが、彼女の多様性の経済に関する考え方は現在のクリエイティブ都市の考えに受け継がれています。

Markusen, A.(1996)Sticky Places in Slippery Space: A Typology of Industrial Districts. Economic Geography, Vol. 72(3), pp. 293-313.

・産業地区の形態について、その機能に着目して3つのタイプに分類しました。

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