観光(ツーリズム)振興について考える!持続可能な観光の理論と戦略(観光①)

産業

観光(ツーリズム)は地域経済の発展を支える重要な産業ですが、観光客の増加が必ずしも地域にとって良い影響をもたらすとは限りません。地域資源の活用やブランディング、住民との共生、持続可能な観光戦略など、多角的な視点で観光振興を考えることが求められます。本記事では、観光振興の基本理論や成功事例をもとに、地域に適した観光戦略について考察します。

1. はじめに

1) 観光振興が地域に与える経済・社会的影響

観光(ツーリズム)は地域経済の活性化に大きく貢献する産業です。観光客が地域を訪れることで、宿泊施設や飲食店、交通機関などの関連産業が潤い、地元の雇用創出につながります。また、観光によって地域の伝統文化や特産品が見直され、新たな商品開発やサービスの向上につながることもあります。このように、観光は単なる一時的な消費活動ではなく、地域全体の産業振興や持続可能なまちづくりにおいて重要な役割を果たしています

さらに、観光の社会的影響も無視できません。観光客と地域住民の交流が増えることで、多様な文化や価値観の相互理解が進み、地域の魅力を再発見するきっかけにもなります。特に、若者の地元回帰を促す効果や、地域の誇り(シビックプライド)を高める作用もあり、観光を通じた地域活性化の可能性は非常に大きいといえます。

2) 観光立国としての日本の取り組み

21世紀に入り、日本は観光産業の振興を本格的に進めてきました。その背景には、自動車産業や半導体産業といった外貨を稼ぐ主要産業の競争力が低下し、新たな成長分野として観光に注目したことがあります。こうした動きを受け、日本政府は2003年に「観光立国宣言」を行い、観光を国の成長戦略の柱の一つと位置づけました。さらに、2008年には観光庁が設置され、訪日外国人旅行者の増加に向けた施策が本格化しました。

その結果、日本への訪問者数は大幅に増加し、2019年には過去最高の3,188万人に達しました。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により2020年には急減し、観光産業は大きな打撃を受けました。それでも、2023年には訪日外国人旅行者数が8割程度まで回復し、再び観光が地域経済の回復を支える重要な要素となりつつあります。

3) 観光を通じた持続可能なまちづくり

今後、日本が観光立国として持続的に発展するためには、単に訪日外国人の数を増やすだけでなく、地域資源を活かした魅力的な観光コンテンツの開発が求められます。各地の歴史や文化、自然環境を守りながら、それを観光資源として活用することで、観光による地域活性化が可能になります。また、観光客に過度な負担をかけるオーバーツーリズムの課題にも対応し、地域住民との共生を図る観光施策が重要です。

2. 観光振興の基本理論

1) 観光地理学の基礎

観光業(ツーリズム)は、単なるレジャー活動にとどまらず、ビジネスや文化、医療、宗教など多様な目的で人々が移動し、滞在する活動全般を指します。世界観光機関(UNWTO)によると、ツーリズムにはレジャー観光のほか、業務出張や学術会議、医療観光、宗教巡礼なども含まれます。これらの多様な観光活動を理解し、地域ごとに適した観光振興策を考えることが重要です。

観光資源の分類

観光地は、訪れる人々にとって魅力的な資源があってこそ成立します。観光資源は大きく分けて以下の3つに分類できます。

  1. 自然資源:山岳、温泉、海岸、湖などの自然環境を活かした観光。例えば、富士山や沖縄のビーチリゾートが該当します。
  2. 文化資源:歴史的建造物、伝統工芸、祭りなど、地域の文化や歴史を体験できる観光。京都の神社仏閣や金沢の茶屋街が代表例です。
  3. 産業資源:地域の特産品や製造業を活かした観光。ワイナリー見学、伝統工芸の体験、アニメ関連の聖地巡礼などもここに含まれます。

近年、アニメや映画の舞台となった場所を巡る「聖地巡礼」が新たな観光資源として注目されています。例えば、埼玉県鷲宮の「らき☆すた」などが観光客を呼び込む成功事例として挙げられます。これらの観光形態は特定のファン層を引きつけ、地域おこしの手段としても活用されていますが、ブームの一過性や観光客の消費行動の限定性といった課題もあります。

地域ごとの特性に応じた観光開発

地域ごとに異なる観光資源を活かした持続可能な観光開発が求められています。その一例として、ビジネス市場を対象とした MICE(マイス) があります。MICEとは、以下の4つの要素から構成されるビジネス観光の総称です。

  • Meeting(会議):企業の会議やセミナー
  • Incentive(報奨旅行):企業が従業員のモチベーション向上を目的に実施する旅行
  • Convention(国際会議):学会や国際的な協会による会議・総会
  • Event/Exhibition(イベント・展示会):展示会やスポーツ・文化イベント

MICEの誘致には、観光客の客単価が高く、季節に左右されず安定した需要が見込めるというメリットがあります。日本政府もこの分野に力を入れており、シンガポールなどアジアの都市と競争しながら国際会議の開催誘致を進めています。

このように、観光には多様な形態があり、地域ごとの資源や特性に応じた観光振興策を考えることが重要です。

2) 主要理論の紹介

観光振興を考える上で、観光客の行動や産業の発展を理論的に理解することは重要です。本節では、観光に関する地理学の応用に関連する主要な理論として「プッシュ・プル理論」「観光クラスター論」「観光イノベーション理論」の3つを紹介します。

プッシュ・プル理論

観光の動機と目的地の選定要因を説明する理論に「プッシュ・プル理論」があります。これは、19世紀の地理学者エルンスト・ゲオルク・ラベンスタインが提唱した「移動に関する法則」に基づいており、観光における人の移動を 「プッシュ要因(Push Factors)」と「プル要因(Pull Factors)」 で説明します。

  • プッシュ要因:観光客が旅行をしたいと感じる内的要因(例:ストレスの解消、新しい体験への欲求、気候条件の変化)
  • プル要因:観光地側に存在する魅力的な要素(例:美しい自然、歴史的遺産、特産品や美食、イベント)

たとえば、寒冷地に住む人々が南国のビーチリゾートに旅行する場合、寒さから逃れたいという「プッシュ要因」と、温暖な気候や海の美しさという「プル要因」が影響しています。この理論は、観光マーケティング戦略を立案する際に活用されており、観光客のニーズを理解し、適切なプロモーションを行うことが求められます。

観光(ツーリズム)クラスター論

観光産業における地域の集積について考える理論が「観光クラスター論」です。クラスターとは、特定の地域に同業種の企業や関連産業が集まり、相互に影響を及ぼしながら成長する仕組みを指します。

観光クラスターは、宿泊施設、飲食店、観光スポット、交通機関、地域の特産品などが相互に結びつくことで競争力を高めます。例えば、京都のように、歴史的な観光資源を背景に宿泊・飲食・伝統工芸が集積し、一つの強力な観光ブランドを形成している地域が好例です。観光クラスターを形成すること、つまり地域内で産業の連関を図っていくことで、地域全体の収益が向上し、持続可能な観光振興が可能になります。

観光イノベーション理論

観光産業における新規価値の創出を説明するのが「観光イノベーション理論」です。観光は伝統的な文化や自然を活用することが多いですが、それだけでは新しい観光需要を生み出すのが難しくなります。そこで、新しい価値を生み出す「イノベーション」が求められるのです。

観光イノベーションには、以下のような形態が考えられます。

  1. 商品・サービスの革新(例:ナイトツーリズム、XRを活用した仮想観光)
  2. ビジネスモデルの革新(例:サブスクリプション型の観光サービス、シェアリングエコノミーの活用)
  3. マーケティングの革新(例:SNSやインフルエンサーを活用した観光プロモーション)

例えば、日本各地で広がる「ナイトツーリズム」は、夜間の観光需要を掘り起こす新たな取り組みです。ライトアップイベントや夜間開館の博物館、工場地帯の夜景ツアーなどが観光イノベーションの一例といえるでしょう。

観光振興には、観光客の行動を理解し、地域の強みを活かした集積を促進し、新しい価値を創出することが重要です。

3. 観光の経済効果

観光業は地域経済に大きな影響を与える産業です。観光客の消費が地域のさまざまな業種に波及し、雇用を生み出し、地域ブランドの価値を高めることができます。しかし一方で、観光業は低賃金労働が多く、外部環境の影響を受けやすい産業でもあります。本章では、観光業の経済構造、地域経済への影響、そしてメリットとデメリットについて考察します。

1)     経済構造と生産性

観光業は、宿泊、飲食、交通、エンターテインメント、小売業など、幅広い業種に関連する産業です。そのため、多くの地域住民に雇用の機会を提供する一方で、生産性の低さや脆弱性が指摘されています。

観光業は付加価値が比較的低く、労働集約型の産業であるため、労働者の賃金が低くなりがちです。例えば、2019年の観光関連産業のGDPは11.2兆円で、日本のGDPの約2.0%を占めていますが、労働生産性が他の産業に比べて低い傾向があります(観光白書2023年度)。

観光業に関連する産業の経常利益率が低く、特に宿泊業は0.2%ととても低い産業です。コロナ禍によって、宿泊業や飲食サービス業などの観光関連産業の落ち込みが特に激しいです。

図1 産業別労働生産性(従業員当たり付加価値額、2019年)

『観光白書』令和3年度

さらに、観光業は天候、経済不況、国際情勢などの外的要因に大きく左右される産業です。新型コロナウイルスの感染拡大による観光業の急激な縮小が記憶に新しいように、突発的なショックに対して非常に脆弱な構造を持っています。

一方で、観光業の中でもビジネス観光(MICE:会議、インセンティブ旅行、国際会議、展示会)は、客単価が高く、安定した需要が見込めるため、各国の政府や自治体が力を入れて振興しています。MICEの誘致が成功すれば、地域経済に大きな経済効果をもたらすことが期待できます。

2)     観光の地域経済への影響

観光業は地域経済にどのような影響を与えるのでしょうか。大きく分けると、以下のような点が挙げられます。

  1. 消費の移転と外貨獲得
    観光客が地域に訪れ、宿泊費や飲食費、交通費、買い物などに支出することで、地域内の消費が活発になります。特に、地域外の観光客が増えれば、地域に外貨が流入し、地域の経済循環を促進することができます。
  2. 雇用創出の効果
    観光業は労働集約的な産業であり、宿泊施設や飲食店、観光施設など、多くの人手を必要とします。そのため、観光業の発展は地域の雇用創出に直接つながります。特に、過疎化が進む地域では、観光業が貴重な雇用の受け皿となるケースもあります。
  3. 総合的な産業の発展
    観光業は宿泊業や飲食業だけでなく、交通、小売、文化産業、農業など、さまざまな分野と密接に関係しています。そのため、観光業の発展は地域の多様な産業の活性化につながります。
  4. 初期投資が少なくて済む
    製造業などに比べ、観光業は比較的少ない初期投資で事業を始められるため、地域活性化の手段として取り組みやすいのが特徴です。例えば、古民家をリノベーションして宿泊施設にするなど、地域資源を活用した観光振興策が増えています。

3)     観光業が地域経済に与えるメリットとデメリット

観光業の発展は地域に多くのメリットをもたらしますが、一方でデメリットもあります。

メリット

  1. 交流人口の増加
    観光客の増加により、地域と外部の人々との交流が生まれ、地域の活性化につながります。
  2. 所得効果・雇用創出効果
    観光消費が地域内の事業者に利益をもたらし、雇用を創出します。
  3. 税収の増加
    観光客の支出による消費税や宿泊税などの税収が増加し、地域の公共サービスの向上に貢献します。
  4. 地域ブランドの活性化
    観光を通じて地域の魅力が広く知られ、地域ブランドが確立されます。これにより、特産品や伝統工芸品の販売促進にもつながります。
  5. 文化・伝統の保護・継承
    地域の伝統文化や祭りが観光資源として再評価されることで、文化の継承が促されます。

デメリット

  1. 低賃金労働の固定化
    観光業の多くの仕事は低賃金であり、労働者の所得向上が難しい傾向があります。
  2. 脆弱な産業基盤
    観光業は天候、経済状況、感染症、テロなどの外部要因に影響を受けやすく、不安定な側面があります。
  3. 治安の悪化
    観光客が増加することで、犯罪やトラブルが増えるリスクがあります。
  4. 文化の消費化・変容
    観光地化が進むことで、本来の文化が商業化され、地域の伝統的な生活様式が変容することがあります。
  5. 住民との摩擦・オーバーツーリズム
    人気観光地では観光客の増加により、住民の生活環境が悪化し、トラブルが発生することがあります。例えば、京都や鎌倉ではオーバーツーリズムが問題視されており、住民との摩擦が生じています。

表1 観光業が地域経済に与えるメリットとデメリット

メリットデメリット
・(交流)人口の増加 ・所得効果
・雇用創出効果
・税収効果→乗数効果あり
・新しい文化の創造
・地域ブランドの活性化
・文化(祭り)の保護・継承
・低賃金労働(低所得)の固定化
・脆弱な産業基盤(気候、テロ、疫病)
・治安の悪化
・文化的変容→消費される場所
・住民と観光客との摩擦
・文化の破壊
・オーバーツーリズム

観光業は地域経済の活性化に大きく貢献する一方で、低賃金労働の固定化や環境・文化への影響などの課題も抱えています。持続可能な観光振興を進めるためには、観光客の受け入れ体制の整備や、地域資源を活かした付加価値の高い観光コンテンツの開発が求められます。

4. 観光振興の戦略論

観光振興を成功させるためには、地域の特性を活かしたブランディング、イベントや体験型観光の企画、さらには持続可能な観光戦略を組み合わせて展開することが重要です。本章では、観光振興における具体的な戦略として、「観光資源の活用とブランディング」「イベントや体験型観光」「エコツーリズムとサステイナビリティ戦略」の3つの視点から考察します。

1) 観光資源の活用とブランディング戦略

地域ブランドの確立と観光プロモーション

地域ブランドは、観光地の価値を高める上で非常に重要な役割を果たします。観光客が旅行先を選ぶ際、単に観光資源の有無だけでなく、その土地の魅力やイメージがどれほど確立されているかが大きな影響を与えます。たとえば、「京都=歴史と伝統文化」「北海道=広大な自然とグルメ」といったブランドイメージが確立されている地域は、観光客にとって魅力的な目的地となります。

観光プロモーションでは、地域の強みを明確にし、それを効果的に発信することが求められます。SNSやインフルエンサーを活用したデジタルマーケティング、動画コンテンツによるプロモーション、地域独自のストーリーを前面に出した観光キャンペーンなど、多様な手法が活用されています。

コンテンツツーリズムの事例

近年、映画やアニメなどの舞台となった地域を訪れる「コンテンツツーリズム」が注目されています。たとえば、アニメ『君の名は。』の舞台となった岐阜県飛騨市は、多くのファンが聖地巡礼として訪れ、観光地としての知名度が急上昇しました。また、ジブリ映画『となりのトトロ』の舞台とされる埼玉県所沢市周辺や、映画『千と千尋の神隠し』のモデルになったと言われる台湾・九份も、世界中から観光客が訪れるスポットとなっています。

こうしたコンテンツツーリズムは、地域の魅力を新たな視点で発信できる点が強みです。自治体や観光協会が公式にコラボレーションを行い、聖地巡礼マップの作成や関連イベントの開催を進めることで、観光客の誘致につなげることができます。

2) イベントや体験型観光の企画

地域特有の祭り・イベントによる集客

地域特有の祭りやイベントは、観光客を集める有力な手段の一つです。たとえば、青森の「ねぶた祭」や秋田の「竿燈まつり」などの伝統的な祭りは、地域の文化を体感できる貴重な機会として、国内外から多くの観光客を引き寄せています。

また、地域の特性を活かした新たなイベントの創出も重要です。たとえば、北海道では冬の「さっぽろ雪まつり」が世界的に有名ですが、最近では各地で「氷の祭典」や「イルミネーションイベント」が開催され、冬の観光資源として活用されています。このようなイベントは、観光のオフシーズンを補完し、通年での観光振興を促す効果もあります。

文化・スポーツツーリズムの成功例

文化ツーリズムの成功例として、和歌山県の「熊野古道」は、世界遺産としての価値を活かしながら、参詣道を巡るウォーキングツアーを展開し、多くの外国人観光客を呼び込んでいます。また、香川県の「瀬戸内国際芸術祭」は、地域の島々を舞台にしたアートイベントとして、日本国内外のアートファンを惹きつけています。

一方、スポーツツーリズムも近年注目されており、東京マラソンやホノルルマラソンのような市民参加型のスポーツイベントが成功事例として挙げられます。これらのイベントは観光とスポーツを融合させることで、地域の魅力を発信し、新たな観光需要を生み出しています。

3) エコツーリズムとサステイナビリティ戦略

持続可能な観光開発の視点

観光業が長期的に成長するためには、環境・文化資源の持続可能性を考慮した観光開発が欠かせません。特に、観光客の急増による環境負荷の増大や、地域住民との摩擦を防ぐための対策が求められています。

エコツーリズムは、自然環境を守りながら地域の観光資源を活用する持続可能な観光形態として注目されています。例えば、沖縄の西表島では、観光客の受け入れを管理しつつ、ガイド付きのエコツアーを提供することで、自然保護と観光の両立を図っています。また、北海道の知床では、エコツーリズム推進のため、観光客の行動を制限しながら希少な自然環境を守る仕組みを整えています

地域資源を守る観光政策

持続可能な観光を実現するためには、地域資源を守るための政策が不可欠です。具体的な施策として、以下のようなものが挙げられます。

  1. 入場制限・観光税の導入
    • 京都市では観光客の急増によるオーバーツーリズム対策として、宿泊税を導入し、観光管理のための財源確保を進めています。
    • イタリアのヴェネツィアでは、観光客の流入を抑制するため、入場料を徴収する計画が進められています。
  2. 環境負荷の軽減
    • 富士山では、登山客の急増による環境破壊を防ぐため、登山ルートの整備やゴミの持ち帰りルールを強化しています。
    • 持続可能な交通手段(EVバスや自転車シェアリングなど)の導入も進められています。

観光振興を成功させるためには、地域ブランドを確立し、適切なプロモーションを行うことが重要です。また、イベントや体験型観光を活用することで、地域に新たな魅力を生み出し、観光需要を創出できます。さらに、エコツーリズムをはじめとした持続可能な観光開発を進めることで、観光と地域資源のバランスをとることが求められます。

5. 観光振興の方法論

観光振興を効果的に進めるためには、地域の観光需要を正確に把握し、関係者との協力体制を構築しながら、最新のデジタル技術を活用することが重要です。本章では、観光振興の具体的な方法論として、「需要と供給の分析」「ステークホルダーとの連携」「デジタルツールの活用」の3つの視点から考察します。

1) 需要と供給の分析方法

観光市場調査(訪問者属性調査・アンケート分析)

観光振興を成功させるためには、観光市場の特性を正しく理解することが不可欠です。そのために実施されるのが市場調査であり、特に訪問者属性調査やアンケート分析が重要な手法となります。

訪問者属性調査では、観光客の年齢層、居住地、旅行目的、滞在日数、消費額などを分析し、ターゲットとする市場を明確にします。例えば、若年層が多い地域ではSNSを活用した観光プロモーションが有効であり、高齢者層が中心であれば、バリアフリー観光の推進が求められるでしょう。

アンケート分析では、観光客の満足度や不満点を把握し、サービスの改善や新たな観光商品の開発につなげます。例えば、宿泊施設の満足度調査で「Wi-Fi環境が悪い」という指摘が多ければ、通信インフラの整備が必要になります。こうしたデータを活用しながら、地域の観光戦略を策定することが重要です。

ビッグデータの活用による観光行動分析

近年、ビッグデータを活用した観光行動分析が注目されています。スマートフォンの位置情報データやSNSの投稿、検索エンジンのトレンドデータなどを活用することで、観光客の移動パターンや関心のある観光スポットを把握することが可能になります。

例えば、観光地でのWi-Fi接続情報やGPSデータを分析することで、観光客がどのルートを通り、どの施設に立ち寄るのかが分かります。これにより、人気の観光ルートを強化したり、閑散エリアに新たな観光コンテンツを配置する戦略が立てられます。

また、SNS上での口コミや写真の投稿分析を通じて、観光客の評価をリアルタイムで把握し、プロモーションの改善につなげることも可能です。ビッグデータを活用することで、従来の調査では得られなかった詳細な観光行動の把握ができ、より精度の高い観光戦略を立案することができます。

2) ステークホルダーとの連携手法

地域住民・行政・観光事業者との協働の重要性

観光振興を持続可能な形で進めるためには、地域住民・行政・観光事業者の連携が不可欠です。観光客の増加が地域の活性化につながる一方で、住民の生活環境への影響や文化資源の過度な商業化といった問題も発生するため、地域全体での合意形成が重要になります。

例えば、観光開発を進める際には、住民の意見を反映させるためのワークショップやパブリックコメント制度を設けることで、住民との共生を図ることができます。また、観光事業者と行政が連携し、持続可能な観光政策を立案することで、地域の観光資源を長期的に活用できる体制が整います。

公民連携(PPP:Public-Private Partnership)の事例

公民連携(PPP)は、観光振興において有効な手法の一つです。PPPとは、行政と民間企業が協力して地域の観光開発やインフラ整備を進める仕組みのことを指します。

例えば、長野県白馬村では、地元の宿泊施設やスキー場が連携し、インバウンド観光の受け入れ環境を整備するPPP事業を展開しています。こうした事例は、行政単独では実現が難しい観光施策を民間のノウハウと資金力を活用して推進するモデルとして注目されています。

3) デジタルツールの活用

スマート観光アプリの導入事例

観光客にとって便利なスマート観光アプリの導入が進んでいます。例えば、「大阪市旅行ガイド&マップ」というアプリでは、観光名所の紹介、AR(拡張現実)による大阪城の解説、飲食店や宿泊施設の検索機能などを提供しています。

AI・IoTによる観光体験の最適化

最新の技術として、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用した観光体験の最適化が進んでいます。例えば、AIを活用したチャットボットが観光案内を行い、観光客がリアルタイムで情報を得られる仕組みが整っています。

また、IoTを活用したスマートシティの取り組みとして、京都市では「京都観光快適度マップ」をオンライン上で公開しています。ライブカメラで観光客の流動データを分析して、観光客は目的地の混雑状況を把握できます。

観光振興を効果的に進めるためには、観光市場の正確な分析、ステークホルダーとの連携、そしてデジタル技術の活用が不可欠です。市場調査やビッグデータ分析を通じて観光客の動向を把握し、地域住民や行政、観光事業者との協力体制を整え、最新のスマート観光技術を活用することで、持続可能な観光開発を実現できます。

6. 成功事例から学ぶ地域観光振興のポイント

観光振興において成功を収めた地域の事例を学ぶことは、新たな戦略を考える上で大変有益です。本記事では、温泉地として知られる 別府由布院 の事例を取り上げ、それぞれがどのように観光戦略を展開し、成功を収めたのかを考察します。

1) 別府:トレンドの変化と再建成功

別府の衰退と再生

別府は日本を代表する温泉観光地の一つであり、特に20世紀中頃までは男性の団体客を中心に賑わっていました。しかし、1990年代以降、団体旅行の需要が減少し、別府の観光業も衰退していきました。一方、近隣の由布院は女性を中心とした個人旅行客の増加により人気を集めるようになり、対照的な発展を遂げました。

この状況を受けて、別府は 新たな観光トレンドに対応する施策 を打ち出しました。その代表的な取り組みが、ツーリズムクラスターの形成 です。別府は単に温泉地としての魅力を打ち出すだけでなく、文化・芸術・学術といった異なる要素を組み合わせ、新たな観光資源を生み出しました。

別府の観光戦略

  1. 湯けむり景観の活用
    別府の象徴ともいえる「湯けむり」は、観光資源として大きな魅力を持っています。近年では、湯けむりが立ち上る風景を守るための景観保全活動が進められ、「日本夜景遺産」にも選定されるなど、ビジュアル的な魅力を活かしたブランディングが行われています。
  2. アートを活用した観光振興
    2015年から始まった「別府現代芸術フェスティバル(混浴温泉世界)」は、国内外のアーティストが別府を舞台に作品を発表するイベントです。このフェスティバルは、温泉地としてのイメージを刷新し、若い世代の観光客や海外からのアートファンを呼び込む効果を生み出しました。
  3. 立命館アジア太平洋大学(APU)との連携
    2000年に開学した立命館アジア太平洋大学(APU)は、世界各国から学生が集まる国際的な大学です。別府はAPUと連携し、国際観光都市としての魅力を強化しました。APUの学生による地域振興活動や観光ボランティアの活動が進み、別府の観光業に新たな活力をもたらしています。
  4. 個人観光客の誘致
    近年、別府は団体観光客だけでなく、個人観光客の誘致にも力を入れています。SNSを活用した情報発信や、カップル・家族向けの温泉施設の充実など、多様なニーズに対応した戦略が展開されています。

これらの取り組みにより、別府はかつての団体旅行中心の温泉地から、個人旅行者や若年層、インバウンド観光客も楽しめる多様な観光都市へと変貌 を遂げつつあります。

2)由布院:生活観光地のコンセプトと成長管理

由布院の観光戦略

由布院は、「生活観光地」としてのコンセプト を掲げ、持続可能な観光振興を実現してきました。生活観光地とは、地域の住民が日常生活を営む中で観光客を受け入れ、観光地化による過度な開発を抑えつつ、地域の魅力を活かした観光振興を進めるスタイルです。

  1. 個人旅行客をターゲットにした観光地づくり
    由布院は、団体観光客ではなく 個人旅行者、特に女性客 をターゲットにした観光戦略を展開しました。その結果、大型ホテルではなく、小規模で高品質な旅館が多く立地し、静かで落ち着いた雰囲気の温泉地としてブランドを確立しました。
  2. 観光と日常生活の調和
    由布院は、観光地でありながら地元住民の暮らしが守られることを重視し、大型観光施設の乱立を防ぐ施策を講じてきました。例えば、高層建築の規制や、過度な商業化を防ぐための景観保全活動が行われています。
  3. 成長管理の考え方
    由布院は、観光地の急激な成長を抑制し、持続可能な発展を目指す「成長管理」の考え方を取り入れています。たとえば、年間の宿泊者数が急増しないように宿泊施設の増加を制限したり、自然環境を守るために観光客の受け入れキャパシティを調整したりする施策が取られています。
  4. 観光資源のブランディング
    由布院では、温泉だけでなく、アートや文化的な要素を取り入れた観光振興 が行われています。たとえば、COMICO ART MUSEUM や「アルテジオ」といった文化施設が点在し、アートと温泉が融合した独自の魅力を生み出しています。

由布院の成功要因

由布院が持続可能な観光地として成功した要因には、以下の点が挙げられます。

  • 過度な開発を抑え、地域の魅力を守る成長管理
  • 個人旅行者をターゲットにしたブランディング戦略
  • 地域住民の暮らしと観光を両立させる仕組み

この結果、由布院は「静けさ」と「癒し」を求める観光客に支持され、安定した観光需要を確保することに成功しました。

3)別府と由布院

別府と由布院は、同じ温泉観光地でありながら、異なる戦略を展開し、それぞれ成功を収めています。別府は、団体旅行中心の観光地から脱却し、アートや国際的な要素を取り入れることで再生を図りました。一方、由布院は、大規模開発を避け、個人旅行者向けの静かで落ち着いた温泉地としてのブランドを確立しました。

これらの事例から学べることは、地域の特性を活かし、ターゲットに応じた観光戦略を立てることの重要性 です。大学生の皆さんも、それぞれの地域に適した観光戦略について考え、持続可能な観光振興の可能性を探ってみてください。

表2 別府と由布院の比較表

別府(以前)由布院
団体 男性個人 女性
施設大型ホテル小規模旅館
セールス ポイント宴会 歓楽自然 静けさ
状況団体観光客減少 最近は個人客・家族客が増加ブランド化

7. 観光振興における課題と解決策

観光産業は、地域経済を活性化する重要な役割を担っています。しかし、コロナ禍の影響やオーバーツーリズム、地域住民との摩擦など、さまざまな課題も抱えています。本章では、観光振興における主要な課題と、それに対する解決策について考察します。

1)コロナ後の観光需要変動への対応

新型コロナウイルスの流行により、観光業は大きな影響を受けました。2020年には訪日外国人旅行者数が激減し、多くの観光施設や宿泊業が経営危機に陥りました。しかし、2023年以降、インバウンド需要は回復傾向にあり、新たな観光スタイルも生まれています。

ポストコロナの観光振興において重要なのは、観光需要の変化に適応すること です。例えば、個人旅行の増加やワーケーション(Work + Vacation)の広がりに対応し、長期滞在型の観光プランを充実させることが求められます。また、感染症リスクを考慮し、混雑を避ける観光ルートの整備や、オンライン予約システムの強化も効果的です。

2)オーバーツーリズムへの対策

オーバーツーリズム(観光客の過剰流入による地域負荷の増大)は、京都や鎌倉、富士山などで深刻な問題となっています。観光客の増加により、交通渋滞、ゴミ問題、騒音、文化財の劣化などが発生し、地域住民との摩擦も生じています。

この問題に対処するためには、観光客の分散と観光税の導入 が有効です。具体的には、以下の対策が考えられます。

  • 時間的分散:ナイトツーリズムの推進や、オフシーズン割引の導入
  • 空間的分散:有名観光地以外の地域にも観光客を誘導する施策(例:地方の観光資源の発掘・プロモーション)
  • 観光税の活用:京都市が導入した宿泊税のように、観光税を課し、その財源を観光管理やインフラ整備に活用

3)地域住民との合意形成

観光業の振興は地域の経済成長に貢献する一方で、住民の生活環境に影響を与えることもあります。観光客の増加により、住宅地の混雑や騒音、文化の商業化などが問題視されることがあります。そのため、観光開発を進める際には、地域住民との合意形成が不可欠です。

解決策として、観光振興計画の策定段階から地域住民を巻き込むこと が重要です。住民参加型のワークショップや意見交換会を開催し、観光のメリット・デメリットについて議論する場を設けることで、住民の理解と協力を得ることができます。また、地域の自治体や観光協会が、住民と観光業者の間に立って調整を行うことも有効です。

4)インバウンド振興の是非

訪日外国人観光客(インバウンド)の増加は、日本の観光産業にとって大きなチャンスですが、一方で課題もあります。経済効果が大きい反面、観光地の混雑や文化摩擦、治安問題などが懸念されています。

インバウンド振興を進めるためには、地域の受け入れ態勢を整えること が重要です。例えば、多言語対応の強化や、キャッシュレス決済の普及、訪日外国人向けのマナー啓発などが求められます。また、過度な観光客の流入を防ぐために、観光客数の管理や環境負荷を抑える施策を組み合わせることが必要です。

観光振興には、多くのメリットがある一方で、課題も存在します。コロナ後の観光需要の変化に適応し、オーバーツーリズムを防ぎながら、地域住民と良好な関係を築くことが求められます。また、インバウンド振興のメリットとデメリットを考慮し、持続可能な観光戦略を立案することが重要です。大学生の皆さんも、観光振興が地域社会に与える影響について、多角的な視点から考えてみてください。

8. まとめと展望

1)地域観光振興の考え方

観光は地域経済の活性化だけでなく、文化の継承や地域コミュニティの発展にも寄与する重要な産業です。地域観光振興を成功させるためには、単に観光客を増やすだけでなく、地域の特色を活かした持続可能な戦略を考えることが不可欠です。

これまでの観光は、大規模な観光施設や自然景観の魅力に依存するケースが多く見られました。しかし、現在では「体験型観光」や「地域共生型観光」など、地域の住民と観光客が相互に交流し、より深い関係を築く観光スタイルが求められています。

また、観光振興においては、地域住民、行政、観光事業者が連携し、地域資源を適切に活用することが重要です。観光を通じて地域の経済や文化が持続可能な形で発展する仕組みを構築することが、これからの観光振興の鍵となります。

2)観光体験の進化

近年、観光客のニーズは大きく変化しています。従来の「名所巡り型観光」から、「滞在・体験型観光」へとシフトし、観光客は単に景色を楽しむだけでなく、その地域ならではの体験を求めるようになっています。

例えば、地域の伝統工芸を体験できるワークショップ、地元の農家と交流しながら食文化を学ぶアグリツーリズム、地域住民との共同生活を楽しむ民泊など、新たな観光スタイルが登場しています。

また、デジタル技術の発展により、観光体験の幅も広がっています。スマート観光アプリやAIを活用したガイドツアー、VR(仮想現実)を活用したバーチャル観光など、最新技術を取り入れることで、観光地の魅力をより効果的に伝えることが可能になっています。

3)地域経済を支える観光振興の次なる展開

今後の地域観光振興においては、「持続可能性」と「デジタル技術の活用」が大きなテーマとなります。観光による地域経済の活性化を図る一方で、観光客の増加が地域環境に悪影響を及ぼさないよう、適切な管理が求められます。

例えば、観光税の導入や入場制限を行い、オーバーツーリズムを防ぐ対策が必要です。また、地域住民の意見を取り入れながら観光開発を進めることで、観光と地域社会の調和を図ることができます。

さらに、デジタル技術を活用することで、観光の利便性を向上させると同時に、新たな観光資源を創出することも可能です。たとえば、地域ごとの観光データを活用し、最適な観光ルートを提案するAIガイドや、観光客の動向を分析してプロモーション戦略を改善する取り組みが進んでいます。

地域観光振興は、単なる経済活動ではなく、地域の文化や暮らしを未来へつなぐ役割も担っています。今後の観光振興では、持続可能性を考慮しつつ、地域の特色を活かした観光体験を提供することが重要になります。観光は、地域社会の未来をつくる大きな力となるのです。観光を「地域づくり」の視点から考え、新たな観光の可能性を探求してみてください

参考文献

国土交通省『観光白書』

木谷文弘(2004)『由布院小さな奇跡』新潮社

野口智弘(2013)『由布院ものがたり「玉の湯」溝口薫平に聞く』中央公論新社

大澤健・米田誠司(2019)『由布院モデル』学芸出版社

観光庁(2019)「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究」

タイトルとURLをコピーしました