
はじめに――デジタルの「権力」はどこにあるのか
前の記事では、Google、Amazon、Apple、Metaなどの巨大プラットフォームが、単なる巨大企業ではなく、市場への入口、情報の流れ、さらには取引のルールそのものに影響を与える「権力」を持つようになったことを見てきました。
では、その権力は「どこ」に存在しているのでしょうか。
デジタルサービスは世界中から利用できます。検索エンジンも、SNSも、クラウドも、生成AIも、インターネットにつながっていれば、どこからでも利用できます。そう考えると、デジタル経済は「場所」を必要としない経済のようにも見えます。
しかし、地図の上からデジタル経済を眺めると、まったく違った姿が見えてきます。
Apple、Google、Metaなどの本拠地はシリコンバレー周辺に集まっています。MicrosoftやAmazonが成長したシアトルも、世界有数のデジタル産業集積地です。高度なエンジニアやAI研究者、ベンチャーキャピタル、研究機関も、世界中に均等に分散しているわけではありません。さらに、クラウドや生成AIを支えるデータセンター、半導体工場、大容量通信網、電力設備にも「場所」があります。
つまり、デジタル空間における「権力の集中」は、現実空間における「機能の集中」と無関係ではありません。むしろ、両者は深く結びついています。デジタル化によって距離の制約が弱まる一方で、企業、人材、資本、知識、計算能力は特定の場所へ集まっていく。ここに、デジタル経済の大きな逆説があります。
デジタル化は、本当に「場所」をなくしたのでしょうか。
本記事では、巨大プラットフォームの権力を「地理」という視点から捉え直し、デジタル経済が生み出している新しい集中について考えていきます。
1 デジタル化は「距離」をなくしたのか
インターネットが普及し始めた頃、情報通信技術の発達によって、経済活動における距離の重要性は大幅に低下すると考えられました。確かに、その予想はかなりの部分で現実になりました。
電子メールを送る場合、東京から大阪へ送る場合と、東京からニューヨークへ送る場合とで、郵便のように距離に比例した大きな時間差が生じるわけではありません。オンライン会議を使えば、東京、ロンドンにいる人々が同時に仕事をすることができます。
クラウドを使えば、自社で巨大なコンピュータ設備を所有していない企業でも、高度な情報処理能力を利用できます。Eコマースを利用すれば、地方企業でも全国の消費者へ商品を販売できます。
つまり、デジタル化は、情報、市場、技術へのアクセスに必要なコストを大きく下げました。これは、デジタル経済がもたらした重要な「豊かさ」です。
特に地域経済にとって重要なのは、大都市から離れていることによる不利益の一部を小さくできるようになりました。
かつては、大きな市場や情報にアクセスするためには、大都市に立地すること自体が重要でした。しかし現在では、地方にいながら全国市場へ商品を販売したり、世界中の情報へアクセスしたり、クラウドや生成AIを利用したりできます。
その意味では、デジタル化は確かに経済活動の一部を地理的な距離から解放しました。
しかし、ここで注意しなければなりません。距離の重要性が低下することと、場所の重要性がなくなることは同じではありません。実際、デジタル経済の発展とともに、企業や人材が特定の場所へ集中する現象も起きています。
「どこからでも利用できる」ことと、「どこでも同じように生み出せる」ことは違います。
2 デジタル経済にも「立地」がある
デジタルサービスは、画面の向こう側に存在しています。検索エンジンを利用するとき、私たちはGoogleの本社がどこにあるのかを意識しません。生成AIを利用するときも、その計算処理がどこで行われているのかを意識することはほとんどありません。
そのため、デジタル経済は物理的な場所とは無関係に存在しているように見えます。
しかし、その背後には現実の経済活動があります。
デジタル企業を運営するには、ソフトウェアエンジニア、AI研究者、経営人材などが必要です。新しい企業を生み出すためには、大学、研究機関、ベンチャーキャピタル、法律、会計、コンサルティングなどの専門サービスも必要になります。
さらに、クラウドや生成AIを提供するには、大規模なデータセンターが必要です。そこにはサーバーがあります。大量の電力を供給しなければなりません。高速・大容量の通信網も必要です。半導体を製造する工場にも巨大な設備と土地、電力、水、人材が必要です。
※データセンターがどのような条件で立地するのかについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
→ データセンターはどこに立つのか――電力・規制・地政学が決める新しい立地戦略
つまり、デジタルサービスそのものは国境や距離を越えて提供できても、それを「生み出す場所」と「支える場所」は消えていません。むしろ、デジタル経済の拡大によって、こうした場所の重要性は高まっている面さえあります。
ただし、ここでもう一つ重要な点があります。
本社や研究開発が立地する場所と、データセンターや半導体工場が立地する場所は、必ずしも同じではありません。デジタル経済には、異なる種類の機能があり、それぞれ異なる立地条件を持っているからです。
この違いについては、次の記事で「中枢」「基盤」「利用」という三つの機能から詳しく考えます。
本記事でまず考えたいのは、その前段階です。なぜ、距離の制約が弱まったはずのデジタル経済で、企業や人材は特定の場所へ集まるのでしょうか。
3 なぜデジタル企業は集まり続けるのか――集積と自己強化
その象徴が、シリコンバレーです。
AppleやGoogle、Metaをはじめ、多くのテクノロジー企業がサンフランシスコ・ベイエリア周辺に集まっています。そこには大学や研究機関、ベンチャーキャピタル、技術者や起業家、法律・会計・コンサルティングなどの専門サービスも集積しています。
なぜ、このような集中が生まれるのでしょうか。
重要な理由が「集積の利益」です。企業が集まれば人材が集まり、企業は必要な人材を採用しやすくなります。人材が企業間を移動したり起業したりすることで、知識や経験も地域内を循環します。さらに、スタートアップが増えればベンチャーキャピタルが集まり、大学や研究機関から新しい技術や人材も供給されます。
すると、企業が集まる → 人材が集まる → 知識と資本が集まる → 新しい企業が生まれる → さらに企業が集まるという循環が生まれます。
※こうした「集積の利益」はデジタル産業だけの現象ではありません。東京への企業や人材の集中が続く理由については、こちらの記事で詳しく解説しています。
→ 東京一極集中はなぜ続くのか?――原因・問題点を都市経済学から考える
ここで重要なのが、これまでの記事で見てきた「自己強化」です。デジタル・プラットフォームでは、利用者が増えることでサービスの価値が高まり、さらに利用者が増えるという自己強化が起こります。これとよく似た現象が「場所」でも起きています。
一方、地域レベルでは、企業や人材が集まる → 場所の価値が高まる → さらに企業や人材が集まる。つまり、デジタル経済における自己強化は、企業やサイバー空間だけでなく、地理的な空間でも起きているのです。

図 企業と地域の自己強化
デジタル化によって距離の制約が弱まっても、「集まることによって得られる利益」はなくなりません。むしろ、人材、知識、資本をめぐる競争が激しくなるほど、特定の場所への集中が強まる可能性があります。
巨大プラットフォームの成長とシリコンバレーの発展は、まったく別の現象ではありません。どちらにも、「集中がさらなる集中を生む」という共通したメカニズムが働いているのです。
4 「利用の拡大」と「中枢の集中」という逆説
ここから、デジタル経済の興味深い逆説が見えてきます。
デジタル化は、経済活動への入口を広げました。地方の中小企業でもEコマースを利用して全国へ商品を販売できます。個人でもYouTubeやSNSを使って世界へ情報を発信できます。小規模な企業でもクラウドを利用できます。
つまり、情報、市場、技術へのアクセスという意味では、経済活動へ参加する機会は広がっています。これを「利用の拡大」と呼ぶことができます。
しかし、その背後を見ると反対の現象が起きています。
巨大なプラットフォーム企業は少数の企業へ集中しています。高度なAI研究者や技術者は、特定の都市へ集まりやすい。ベンチャー資本も主要なテクノロジー都市へ集中します。大規模な計算能力も、巨大クラウド企業などへ集中しています。
つまり、利用する機会は分散する一方で、それを生み出し、動かし、コントロールする中枢的な能力は集中する。これがデジタル経済の大きな逆説です。
「誰でも使える」ということと、「誰もが同じ力を持つ」ということは同じではありません。むしろ、多くの企業や個人が同じプラットフォームやクラウド、AIサービスを利用するほど、それを提供する側へデータ、資本、知識、技術が集まり、さらなる集中につながる可能性があります。
前記事で見た巨大プラットフォームの「権力」は、このような地理的集中とも結びついています。
5 デジタル化は地域経済のチャンスになるのか
では、こうしたデジタル化は、地方や地域経済にとってどのような意味を持つのでしょうか。
一方では、大きな可能性があります。
たとえば地方の食品メーカーが、自社サイトやEコマースを利用して全国へ地域産品を販売できます。地方の観光地も、SNSや動画サービスを通じて、消費者へ直接情報を発信できます。これまで地元市場しか相手にできなかった専門サービス企業も、オンラインを利用して全国の顧客を相手にできる可能性があります。つまり、デジタル化は、地域市場の小ささや大都市からの距離という制約を弱める手段になり得ます。
しかし、ここにはもう一つの側面があります。
地方企業が東京や世界の市場へアクセスしやすくなるということは、東京や海外の巨大企業も地方の市場へアクセスしやすくなるということです。Eコマースを使えば、地方企業の商品を東京へ売ることができます。しかし同じ仕組みによって、東京や海外の企業の商品も地方の家庭へ簡単に届きます。
オンラインサービスでも同じです。地域内の企業だけを相手にしていた市場へ、全国企業や世界企業が入ってくることが容易になります。
つまり、市場へのアクセスが容易になることは、市場競争にもさらされやすくなることを意味します。デジタル化は、地方を大都市から「解放する」だけではありません。同時に、地域経済をより大きな市場へ組み込みます。
したがって、デジタル化するだけで地域経済が自動的に活性化するわけではありません。重要なのは、広がった市場の中で地域企業がどのような独自の価値を生み出し、それを地域の所得や雇用へ結びつけられるかです。
6 デジタル経済は地域格差を縮小するのか
では、こうしたデジタル経済の発展によって、地域格差はどう変わるのでしょうか。
一見すると、デジタル化は地域格差を縮小するように思えます。地方に住んでいても、東京と同じクラウドや生成AIを利用できます。地方企業でもEコマースを通じて全国市場へ商品を販売できます。オンラインで仕事をすれば、大都市から離れていても仕事の機会を得られます。
確かに、デジタル技術には「大都市から遠い」という地理的な不利を小さくする力があります。
しかし、同じ技術を利用できるからといって、すべての地域が同じように成長できるわけではありません。重要なのは、デジタル技術にアクセスできることと、それを使って価値を生み出せることは別だという点です。
たとえば、地方企業が生成AIを導入しても、それだけで競争力が高まるわけではありません。AIを仕事に組み込み、新しい商品やサービスを生み出せる人材や企業が必要です。地域に蓄積された技術や知識、取引先とのネットワークなども、成果を左右します。
つまり、同じデジタル技術が利用できても、それを活用する地域の能力によって、生み出される価値は異なるのです。
これからの地域格差を考えるうえで重要なのは、「デジタル技術を使える地域/使えない地域」という違いだけではありません。むしろ、デジタル技術を使ってどれだけの価値を生み出し、それを地域の所得や雇用につなげられるかという違いです。
デジタル化によって「距離」という壁が低くなる一方で、価値を生み出す能力の違いが、新たな地域格差を生む可能性があります。デジタル化は地域格差を単純に縮小するのではなく、地域格差を生み出す仕組みそのものを変えつつあります。
※では、地方はAIやデジタル技術をどのように地域の価値へ変えていけばよいのでしょうか。その戦略については、こちらの記事で詳しく考えています。
→ AI時代における地域経済の在り方――デジタル化の先にある地域の価値創造戦略
まとめ デジタル化は「場所」をなくすのではなく、集中の仕組みを変える
デジタル経済は「場所のない世界」をつくっているのではありません。むしろ、距離の制約を弱めながら、新しい集中を生み出しています。ここには、「利用の拡大」と「中枢の集中」というデジタル経済の逆説があります。
多くの地域から同じデジタルサービスを利用できるようになる一方で、それを生み出し、動かし、コントロールする能力は特定の企業や場所へ集中していく。前の記事で見た「巨大プラットフォームへの権力の集中」は、この意味で「場所」と無関係ではありません。
しかし、ここでもう一つ疑問が残ります。「集中する」といっても、デジタル経済を構成するすべての機能が、シリコンバレーのような一つの場所へ集まっているわけではありません。企業の経営や研究開発が集まる場所があります。データセンターや半導体など、デジタル経済の物理的基盤が集まる場所もあります。そして、それらが生み出したデジタル技術を利用して、製造業、農業、観光、サービス業などを営む場所があります。
つまり、デジタル経済は「集中」を生み出すだけではありません。異なる機能を異なる場所へ配置する、新しい「空間的分業」をつくり出しています。
では、その分業はどのような構造になっているのでしょうか。
次の記事では、デジタル経済を構成する地域の役割を、「中枢」「基盤」「利用」という三つの機能から考えていきます。
参考文献
エンリコ・モレッティ『年収は「住むところ」で決まる――雇用とイノベーションの都市経済学』池村千秋訳、プレジデント社、2014年
トーマス・フリードマン『フラット化する世界――経済の大転換と人間の未来』伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社、2008年〔増補改訂版〕
