
はじめに
前記事では、プラットフォームがデジタル経済の中心的な組織形態になった理由を説明しました。
Amazonは消費者と販売者を、AppleはiPhone利用者とアプリ開発者を、Googleは検索利用者と情報、広告主を結びつけています。プラットフォームは、多数の主体を一つの「場」に集め、その関係を組織することで価値を生み出します。
デジタル技術を基盤とし、世界規模で影響力を持つプラットフォーム企業として米国のGAFAMが挙げられます。表はGAFAMの企業比較を示しており、従業員数が10万人規模、売上高は数十兆円に達し、営業利益も数兆円規模と圧倒的です。世界の株式の時価評価額ランキングでも上位に位置しており、これらの企業はデジタル経済における支配的地位を築き、グローバル市場において極めて強い影響力があります。

表 巨大プラットフォーム(GAFAM)企業の比較表
出典:Pitchbook 、Forbes、Stock Analysis、各社2024年次報告書から著者作成
しかし、ここで次の疑問が生まれます。
なぜデジタル企業は、これほどまでに巨大化するのでしょうか。
巨大企業そのものは、デジタル時代に初めて登場したわけではありません。自動車、石油、鉄鋼、金融などにも巨大企業は存在してきました。
しかし、デジタル企業には特徴的な成長メカニズムがあります。
一度開発したサービスを多数の利用者へ提供できる。利用者が増えることで収益やデータが増える。それを研究開発やサービス改善へ投入することで競争力が高まり、さらに利用者が増える。
つまり、大きくなった結果として強くなるだけではなく、大きくなること自体が、さらに大きくなる力を生み出します。
この「自己強化」が、デジタル企業の巨大化を理解する重要な鍵です。
本章では、低い限界費用→規模の経済→自己強化→収穫逓増的な成長という順序で、このメカニズムを考えていきます。
1 デジタル財は「もう一つつくる」費用が小さい
まず、自動車とソフトウェアを比較してみましょう。
自動車メーカーが100万台の自動車を生産した後、さらに10万台を生産しようとすれば、追加の鉄鋼、ガラス、半導体、タイヤなどが必要になります。組立作業も増えますし、完成した自動車を販売店へ運ぶ物流費も必要です。
つまり、商品を追加的に生産するには、それに応じた費用が発生します。
ところが、ソフトウェアでは事情が異なります。
たとえばMicrosoftが新しいソフトウェアを開発するためには、多数のエンジニアを雇い、研究開発を行い、巨額の開発費を負担する必要があります。
しかし、一度完成したソフトウェアを100万人に提供した後、100万1人目に提供するために、同じ開発作業を最初から繰り返す必要はありません。
これがデジタル財の重要な特徴です。
経済学では、商品やサービスをもう一単位追加的に供給するために必要な費用を限界費用と呼びます。
多くのデジタル財では、開発するための初期費用は大きいが、追加的な利用者へ提供する限界費用は比較的小さいという費用構造がみられます。もちろん、限界費用がゼロというわけではありません。
利用者が増えれば、サーバー、通信、ストレージ、電力、顧客対応などの費用も増えます。特に生成AIでは、利用のたびに大規模な計算処理が必要になるため、追加的な利用にも無視できない費用が発生します。
それでも、物理的な製品を一つずつ生産する産業と比較すると、多くのデジタルサービスには一度つくったものを大規模に展開しやすいという特徴があります。
これが巨大化の第一の条件です。
2 利用者が増えるほど「規模の経済」が働く
次に重要なのが、規模の経済です。
たとえば、あるオンラインサービスを開発するのに100億円かかったとしましょう。
利用者が100万人しかいなければ、単純計算では1人当たり1万円の開発費を負担することになります。
ところが利用者が1億人になれば、同じ100億円の開発費は1人当たり100円になります。
つまり、利用者が増える→ 固定費が多数の利用者へ分散される→ 1人当たりの平均費用が低下するという現象が起こります。
これが規模の経済です。
デジタル企業にとって「規模」は、単に売上を増やすためのものではありません。
規模が大きくなることによって、費用面でも有利になりやすいです。
3 「成功が次の成功を生む」自己強化
しかし、規模の経済だけでは、現在の巨大デジタル企業を十分に説明できません。規模の経済は、自動車や鉄鋼などの産業にも存在するからです。
デジタル企業の成長を考えるうえで、さらに重要になるのが自己強化です。
自己強化とは、ある活動の結果が次の活動を有利にし、それがさらに同じ方向への変化を促す仕組みです。ある変化が次の変化を生み、その結果が再び最初の変化を強めることを「正のフィードバック」と呼びます。
デジタル企業では、企業が成長すると、次の成長に必要な条件まで有利になることがあります。つまり重要なのは、単に「大きな企業は強い」のではなく、「大きくなること自体が、さらに大きくなる力を生み出す」ことです。
つまり、現在の成功 → 次の成功に必要な条件が有利になる → さらなる成功という循環です。
このように、規模の拡大そのものが次の成長を促し、競争優位をさらに強めていく仕組みを、ここでは自己強化と呼びます。
そして、自己強化が繰り返されれば、最初はわずかだった企業間の差が、時間の経過とともに拡大する可能性があります。現在の成功が次の成功を生み、その成功がさらに次の成功を生み出すからです。
これが、デジタル経済にみられる収穫逓増的な成長を理解する重要な考え方です。ここでは、規模の拡大が次の成長を促し、成長するほどさらに有利になる状態を「収穫逓増的な成長」と呼ぶことにします。
では、デジタル企業では、具体的に何が自己強化しているのでしょうか。
次に、コスト・投資・プラットフォーム・データという四つの仕組みに分けて見ていきましょう。
4 四つの自己強化が「成長のエンジン」になる
デジタル企業の自己強化は、一つの仕組みだけから生まれるわけではありません。
大きく分けると、コスト・投資・プラットフォーム・データという四つの自己強化が働いています。
それぞれ仕組みは異なりますが、いずれも規模の拡大が次の成長に必要な条件を有利にするという共通した構造を持っています。
一つずつ見ていきましょう。
第一は、コストの自己強化です。
デジタルサービスの開発には、多額の費用がかかります。しかし、一度開発したサービスを多数の利用者に提供できれば、その費用をより多くの利用者で支えることができます。

図 コストの自己強化
図に示したように、利用者増加 → 固定費の分散 → 1人当たりの費用低下 → 価格低下・投資余力向上 → さらに利用者増加という循環が生まれます。
たとえば、Netflixを考えてみましょう。
映画やドラマの制作・調達、配信システムの構築には巨額の費用が必要です。しかし、同じコンテンツを100万人に配信する場合と2億人以上に配信する場合では、固定的な費用を支える利用者の数が大きく異なります。
加入者が増えれば、コンテンツやシステムにかかる固定費をより大きな利用者基盤で支えることができます。それによって、新しいコンテンツやサービスへの投資余力も生まれ、それがさらに利用者を引きつける可能性があります。
つまり、利用者が増えること自体が、コスト面で次の成長を支える条件になるのです。
第二は、投資の自己強化です。
企業の規模が大きくなると、研究開発へ投入できる資金も大きくなります。

図 投資の自己強化
ここでは、利用者増加 → 売上・収益増加 → 研究開発投資増加 → 技術・サービス改善 → さらに利用者増加という循環が生まれます。
たとえば、Microsoftです。
MicrosoftはWindowsやOfficeだけでなく、クラウドサービスのAzureなどから大きな収益を得ています。こうした収益を、クラウド、AI、データセンター、ソフトウェアなどの研究開発や設備へ再投資することができます。
サービスが改善すれば、より多くの企業や利用者を獲得できる可能性が高まり、それによってさらに収益が増え、次の投資が可能になります。
特にAIのように、優秀な研究者、高性能半導体、大規模データセンターなどに巨額の資金を必要とする分野では、現在の資金力が、将来の技術開発能力を左右する可能性があります。
つまり、「稼げる企業ほど投資でき、投資できる企業ほど次の競争でも有利になる」という自己強化です。
第三は、プラットフォームの自己強化です。
プラットフォーム企業の場合、自社の利用者だけが増えるのではありません。利用者が増えることで、その市場に参加しようとする企業や提供者も増えていきます。

図 プラットフォームの自己強化
図に示したように、利用者増加 → 市場の魅力上昇 → 開発者・販売者増加 → 補完サービス充実 → プラットフォーム価値上昇 → さらに利用者増加という循環です。
たとえば、配車プラットフォームのUberを考えてみましょう。
利用者が増えれば、ドライバーにとってUberで仕事をする魅力が高まります。参加するドライバーが増えれば、利用者はより多くの場所や時間帯で配車を利用しやすくなります。サービスの利便性が高まれば、さらに利用者が増えます。
ここで成長しているのはUberという企業だけではありません。
利用者が増える → 提供者が増える → サービスが充実する → プラットフォームの価値が高まるというように、プラットフォームを取り巻く参加者全体が成長していきます。
これが、プラットフォームの自己強化の特徴です。
第四は、データの自己強化です。
デジタルサービスでは、利用されること自体が次のサービス改善につながる場合があります。

図 データの自己強化
図に示したように、利用者増加 → データ増加 → 分析能力向上 → サービス改善 → 利便性向上 → さらに利用者増加という循環です。
たとえば、音楽配信サービスのSpotifyを考えてみましょう。
利用者が音楽を再生したり、曲を飛ばしたり、プレイリストを作ったりすると、サービス上には利用に関するデータが蓄積されます。そうしたデータを分析することで、利用者の好みに合った楽曲やアーティストを推薦する精度を高めることができます。
推薦が便利になれば、利用者はより多くサービスを利用するようになり、その利用からさらにデータが生まれます。
ただし、データは集めるだけで自動的に価値を生むわけではありません。
重要なのは、データ × 演算能力 × アルゴリズム × 人材を組み合わせ、データをサービスの改善へ変換する能力です。
◎四つの自己強化は互いにつながっている
ここまで、コスト、投資、プラットフォーム、データという四つの自己強化を分けて説明してきました。
しかし、実際のデジタル企業では、これら四つの循環は独立しているわけではありません。
利用者が増えれば、収益が増えます。同時にデータも蓄積されます。プラットフォームであれば、開発者や販売者、サービス提供者なども集まります。
こうして蓄積された収益・データ・開発者・販売者は、企業にとって次の成長を支える「資源」になります。
資源が増えれば、研究開発への投資を拡大したり、より多くの計算資源を利用したり、データ分析を高度化したり、新しいサービスを開発したりできます。
その結果、サービスやプラットフォームの価値が高まり、さらに多くの利用者を引きつけます。
したがって、デジタル企業の自己強化は、利用者・市場規模の拡大→ 資源の蓄積〈収益・データ・開発者・販売者〉→ 能力の拡大〈R&D・演算・分析・サービス開発〉→ サービス・プラットフォーム価値の上昇→ さらなる利用者・市場規模の拡大という大きな循環として理解できます。

図 デジタル企業の自己強化モデル
つまり、デジタル企業の巨大化を生み出しているのは、一つの自己強化ではありません。
コスト・投資・プラットフォーム・データという複数の自己強化が互いに結びつき、一つの「成長のエンジン」を形成しています。
このプラットフォームの自己強化を生み出す重要な仕組みの一つが「ネットワーク効果」です。ネットワーク効果については次記事で詳しく取り上げます。
5 なぜ先行企業が有利になるのか
自己強化が働くと、企業間競争にも大きな変化が生じます。
通常の競争を考えれば、ある企業が大きな利益を上げれば、新しい企業が参入してくるはずです。新規企業がより安く、より優れた商品を提供すれば、既存企業から顧客を奪うこともできます。
しかし、自己強化が強く働く市場では、新規参入企業が直面する競争相手は「商品」だけではありません。
既存企業がすでに蓄積してきた、利用者 、データ、資金 、ブランド 、技術 、開発者 、販売者 、補完サービス などとも競争しなければなりません。
そのことをよく示しているのが、Windows Phoneです。
Microsoftはスマートフォン市場で2010年にスマートフォンOSのWindows Phoneを展開しました。しかし、Windows Phoneが競争しなければならなかったのは、iOSやAndroidというOSそのものの技術だけではありませんでした。
すでにiOSやAndroidの周囲には、多数の利用者が存在し、その利用者を市場として多数のアプリ開発者が集まり、豊富なアプリやサービスが提供されるというエコシステムが形成されていました。
利用者が多い→ 開発者が集まる→ アプリが充実する→ OSの価値が高まる→ さらに利用者が増えるという自己強化が、すでに進んでいたのです。
一方、後発のWindows Phoneでは、利用者が少なければ、開発者にとってアプリを提供する魅力も小さくなります。アプリが少なければ、利用者にとってWindows Phoneを選ぶ魅力も低くなります。
つまり、Windows Phoneは、単により優れたOSを開発すればよかったわけではありません。既存のiOS/Androidがすでに形成していた「利用者・開発者・アプリ」というエコシステム全体と競争しなければならなかったのです。
ここに、デジタル市場における先行企業の強さがあります。
一度、利用者や開発者、データ、補完サービスなどが蓄積されると、その蓄積が次の利用者や開発者を引きつけます。その結果、現在の優位 → 次の優位 → さらに大きな優位という経路が形成されます。
反対に、後発企業は製品そのものの性能だけでなく、先行企業が時間をかけて形成してきた蓄積全体を乗り越えなければなりません。
そのため、自己強化が強く働くデジタル市場では、小さな初期の差が時間の経過とともに大きな競争力の差へ拡大する可能性があるのです。
6 巨大化は「無限」ではない
ただし、デジタル企業なら無限に巨大化できると考えるのは間違いです。
デジタル経済にも、成長を制約する要因があります。
特にAIの発展は、デジタル経済が決して「限界費用ゼロの世界」ではないことを改めて示しています。
大規模なAIモデルには、高性能な半導体が必要です。
大量の演算を処理するデータセンターも必要です。
そして、データセンターを稼働させるためには大量の電力と冷却設備が必要になります。
つまり、デジタルサービスの規模が大きくなるほど、半導体、データセンター、通信網、電力といった物理的基盤も必要になるのです。さらに、組織が巨大化すれば管理コストも増えます。
各国の規制、個人情報保護、競争政策、言語や文化の違いも、世界展開を制約します。
したがって、「デジタル企業は必ず巨大化する」わけではありません。
より正確には、デジタル経済には、企業の規模を自己強化する条件が従来以上に組み込まれやすいと考えるべきでしょう。
7 「大きいから強い」から「大きくなるほど強くなる」へ
ここまで見てきたように、デジタル企業の巨大化は、一つの原因によって生じるものではありません。
デジタル財は、一度開発すれば追加的な利用者へ比較的低い費用で提供できるため、規模の経済が働きやすいという特徴があります。さらに、ネットワークを通じて世界規模でサービスを展開できるため、短期間で多数の利用者を獲得することも可能です。
しかし、デジタル企業の巨大化を理解するうえで最も重要なのは、規模の拡大そのものが、次の成長を生み出すことです。
利用者が増えれば、固定費をより多くの利用者で分担できます。収益が増えれば、研究開発への投資を拡大できます。利用者が増えれば、開発者や販売者が集まり、プラットフォームの価値が高まります。さらに、利用によってデータが蓄積されれば、分析やサービス改善にも活用できます。
このように、コスト・投資・プラットフォーム・データという複数の自己強化が互いに結びつくことで、現在の規模が次の競争力を生み、その競争力がさらなる規模の拡大を促します。
デジタル企業の特徴は、単に「大きいから強い」ことではありません。「大きくなるほど、さらに強くなりやすい」のです。
これが、デジタル経済における自己強化と収穫逓増のメカニズムです。
※「集まるほど、さらに集まりやすくなる」という自己強化は、企業だけに起こる現象ではありません。東京一極集中にも同様の累積的なメカニズムが働いています。地域レベルの自己強化についてはこちらの記事で解説しています。
⇒「東京一極集中はなぜ続くのか? 原因・問題点を都市経済学から考える」
まとめ――デジタル経済は自己強化する
デジタル企業の巨大化を理解する鍵は、成功が次の成功を生み出す自己強化にあります。低い限界費用と規模の経済を基礎として、利用者の増加が収益、データ、開発者や販売者を増やし、それが投資やサービス改善につながり、さらに利用者を増やします。その結果、「規模→競争力→さらなる規模」という収穫逓増的な成長が生まれます。
しかし、企業が巨大化することと、一つの企業が市場を支配することは同じではありません。自動車産業のように、複数の巨大企業が競争する市場もあります。では、なぜ一部のデジタル市場では、特定の企業に利用者が集中し、二番手以下との差が急速に拡大するのでしょうか。
その鍵となるのが、ネットワーク効果です。
次記事では、「4 なぜデジタル市場は『勝者総取り』になるのか――ネットワーク効果とロックイン」について考えていきます。
