産業集積とクラスターとは?――企業はなぜ集まり、地域はどう変わるのか

工業

はじめに

なぜ半導体企業は台湾の新竹に集まり、IT企業はシリコンバレーやバンガロールに集まるのでしょうか。同じ産業の企業が近くにいると、何が起こるのでしょうか。そして、工場や研究施設を集めれば、地域にも新しい産業が生まれるのでしょうか。

これらの問いを考える鍵が、産業立地、産業集積、クラスター、地域イノベーションです。四つは関連しますが、同じ意味ではありません。企業が場所を選び、複数の企業が集まり、互いに取引・競争・学習する。その関係から新しい技術や事業が生まれることもあれば、特定の産業への依存が強まり、変化に対応しにくくなることもあります。

この記事では、「地域経済ラボ」の事例記事をつなぎながら、集積が生まれ、成長し、変化する仕組みを解説します。

1.出発点は、企業が「どこに立地するか」

企業は、事業を行う場所をさまざまな条件から選びます。製造業なら、材料の調達、輸送、土地、電力、労働力などが重要でしょう。顧客とのやり取りが多い事業なら、市場への近さが重要になる場合があります。専門的な人材や研究機関へのアクセスを重視する企業もあります。

どの条件が重要かは、産業や、その事業所が担う役割によって違います。同じ企業でも、研究開発拠点と量産工場では必要な場所が異なり得ます。そのため、「企業はなぜこの地域を選んだのか」と問うときは、企業名だけでなく、何をする拠点なのかまで確かめる必要があります。

産業立地の基本的な考え方は、産業立地の基本:企業はどのように事業の場所を選ぶのか?で整理されています。

企業の立地選択には、もう一つ重要な条件があります。それは、すでに他の企業が集まっていることです。関連企業の近くに立地すれば、部品やサービスを調達しやすく、必要な人材にも出会いやすくなります。一社の立地が、次の企業の立地条件を変えていくのです。

2.産業集積とは何か――集まることで生まれる利益

産業集積とは、同じ産業や関連する事業の企業が、特定の地域に集中している状態です。企業が近くに集まると、主に三つの利益が期待できます。

集積による利益地域で起こり得ること
取引のしやすさ部品や専門サービスの供給先を見つけ、調整しやすくなる
人材の厚み企業は人を採用しやすく、働く人は経験を生かせる職場を探しやすくなる
知識の伝わりやすさ顧客の要求や技術上の課題が企業間で共有され、新しい解決策につながる

ただし、企業が同じ地域にあるだけで、これらの利益が必ず生まれるわけではありません。取引や人材の移動が乏しければ、工場が複数並んでいても、地域内の関係は薄いかもしれません。

産業集積とは?経済を支える集積の力を解説!では、集積の種類や、企業が近くに立地することで得られる利益を詳しく学べます。

3.産業集積とクラスターは、どう違うのか

「産業集積」と「産業クラスター」は、しばしば同じ意味で使われます。この記事では、次のように区別して考えます。

産業集積は、企業や事業所が地理的に集まっていることを捉える言葉です。クラスターは、その集まりの中で、関連企業、大学、研究機関、支援組織などがどのように結びつき、競争や協力を通じて事業を発展させているかにも注目する言葉です。

この区別から、政策上の大切な問いが生まれます。企業を誘致して数を増やした後、地元企業との取引は始まったでしょうか。研究成果を使う企業は現れたでしょうか。そこで育った人材には、地域内に次の仕事があるでしょうか。

産業クラスターとは?理論から事例まで徹底解説!では、クラスターの理論と事例を確認できます。企業の数に加えて、企業間にどのような関係があるかに注目して読むと、集積との違いがつかみやすくなります。

4.クラスターは、なぜ成長し続けることがあるのか

クラスターが形成されると、企業や人材の集積そのものが、次の企業や人材を呼び込む力になることがあります。企業が増えれば専門的な取引先や人材が集まり、人材の移動や企業間の交流を通じて知識や技術が地域に蓄積します。そこから起業や新しい事業が生まれ、さらに企業や投資を引きつけるという循環です。

このように、集積が次の集積を生み出す仕組みを、クラスターの「自己強化」と考えることができます。

ただし、すべてのクラスターが同じ経路で形成されるわけではありません。シリコンバレーでは大学、企業、技術者、投資家のネットワーク、新竹では産業政策と半導体企業の分業、中関村では大学・研究機関、深圳では製造業の蓄積や企業活動が、それぞれ重要な役割を果たしてきました。日本でも浜松のように、既存産業で蓄積された技術や人材が、新しい産業へとつながってきた地域があります。

つまり、成功した地域の制度や施設をそのまま移植すれば、同じクラスターが生まれるわけではありません。重要なのは、その地域にすでに存在する企業、人材、技術、研究機関、取引関係などを、新しい活動へどう結びつけるかという視点です。

また、自己強化は常に地域にとってプラスに働くとは限りません。特定の産業、技術、取引関係への依存が強くなると、環境が変化したときに新しい産業へ転換しにくくなることがあります。クラスターを理解するには、「なぜ集まるのか」だけでなく、「集積がどのように変化していくのか」を見る必要があります。

世界のクラスターやハイテク都市がどのような経路で形成されてきたのかについては、関連記事「世界のハイテク都市はなぜ生まれるのか?」で詳しく紹介します。

5.地域イノベーションは、クラスターの中だけで起こるのか

イノベーションとは、新しい技術の発明だけではありません。既存の技術や資源を別の用途に使い、新しい製品やサービスとして実現することも含みます。地域でそれを進めるには、企業、大学、自治体、利用者などの間で課題や知識をつなぐ必要があります。

地域イノベーションとは何かは、この概念を学ぶ入口です。研究開発の成果を地域での実用化にどう結びつけるか、地域内外の主体がどう関わるかを考えられます。

地域には、産業競争だけでは捉えきれない課題もあります。たとえば、地域資源を使った新たな商品づくりや、暮らしの困りごとに応える事業です。課題解決から未来創造へ!ローカルイノベーションで実現する地方創生では、そうした取り組みを事例から考えられます。

地域イノベーションを考えるうえでも重要なのは、地域内外の新しい知識と結びつけ、既存の産業や技術を組み替えていくことです。この「組み替える力」は、産業構造が大きく変化するときに、さらに重要になります。

6.集積の強みは、なぜ弱みにもなるのか

ある産業に特化した地域では、専門的な人材、設備、取引先、技術などが集まり、企業は大きな集積の利益を得ることができます。しかし、市場や技術が大きく変化すると、その産業のために築かれた仕組みが、かえって新しい産業への転換を難しくする場合があります。

働く人々が身につけた技能をすぐに別の分野へ移せるとは限りません。企業間の取引関係や設備も既存産業に合わせて形成されています。さらに、「この地域は何の町か」という地域のイメージや文化までが、新しい産業への転換に影響することがあります。

つまり、産業集積を考えるときには、「なぜ企業が集まったのか」だけでなく、「集積した産業が衰退した後、地域に何が残り、それを次の産業へ転換できるのか」を見ることが重要です。

その違いを考えるうえで、次の4都市は興味深い比較対象になります。

ピッツバーグ――鉄鋼の集積から知識経済へ

かつて世界を代表する「鉄鋼の都」だったピッツバーグは、鉄鋼業の衰退によって深刻な雇用喪失と人口減少を経験しました。しかし、地域に残った大学、研究機関、医療機関などを新しい資源として活用し、医療・教育・テクノロジーを中心とする知識経済への転換を進めています。旧産業が衰退した後に地域に何が残るのかを考える好例です。地域経済ラボ

ピッツバーグ産業都市の軌跡――鉄鋼依存から知識経済への転換と再生戦略

デトロイト――自動車産業への依存がもたらした脆弱性

デトロイトでは、フォード、GMなどを中心に巨大な自動車産業クラスターが形成され、「モーターシティ」として繁栄しました。しかし、自動車産業への強い依存は、国際競争の激化や産業構造の変化に対する都市の脆弱性にもつながり、人口流出や税収減少を経て2013年には自治体破産に至りました。現在はEV・自動運転など既存の技術基盤を生かしながら、産業の多角化も模索されています。

デトロイトの教訓――産業都市の衰退と復活の鍵を探る

マンチェスター――「世界の工場」から都市機能を組み替える

産業革命期に綿工業を中心として「世界の工場」と呼ばれるほど発展したマンチェスターも、国際競争や技術変化のなかで製造業が衰退し、人口流出や都市の疲弊を経験しました。その後は、メディア、文化、教育、観光などへ経済基盤を広げ、旧工業都市の空間や都市としての集積を利用しながら再生を進めています。産業だけでなく都市そのものの機能を組み替える再生として見ることができます。

マンチェスターの都市変革――世界の工場からクリエイティブ・シティへ

ボストン――産業ではなく「能力」を継承する

ボストンは、商業・海運、製造業など主要産業の盛衰を繰り返しながら、1980年代以降はハイテク、金融、医療、教育、専門サービスなどを中心とする知識都市へ転換しました。重要なのは、古い産業そのものを維持したことではなく、大学・研究機関、高度人材、金融や研究開発など、過去の発展のなかで蓄積された「能力」を別の産業へ組み替えてきたことです。

なぜボストンは衰退都市から復活できたのか?――400年の盛衰からわかる「強い都市」の条件

7.集積の本当の強さは「変われること」にある

この4都市を単純に「成功した都市」と「失敗した都市」に分けるだけでは、産業集積の本質を十分に理解できません。

重要なのは、繁栄していた時代に何が地域に蓄積され、主要産業が衰退した後に何が残り、それを誰が新しい産業へ結びつけたのかという点です。

企業、技術、人材、大学、研究機関、取引関係、都市インフラなど、それまでの集積によって形成された資源を新しい用途へ組み替えることができれば、地域は新しい発展経路を生み出せる可能性があります。反対に、特定の産業や技術、企業との関係に固定されすぎれば、かつての「強み」が新しい産業への転換を妨げることもあります。

したがって、産業集積の本当の強さとは、「企業が集まっていること」だけではなく、環境が変わったときに「集積した資源を組み替え、次の産業を生み出せること」にあります。

都市従来の強み危機衰退後に残った資源新しい経路
デトロイト自動車自動車産業への依存技術・人材・製造基盤転換途上
ピッツバーグ鉄鋼重工業衰退大学・研究・人材医療・研究・先端産業
マンチェスター繊維・製造業脱工業化大学・都市集積サービス・文化・知識産業
ボストン旧来産業産業構造転換大学・研究機関・人材ハイテク・生命科学等

8.自治体はクラスターをつくれるのか

産業政策では、用地の整備、企業誘致、研究開発支援、起業支援などが行われます。これらによって、新しい事業が始まる条件を整えることはできます。しかし、建物を整備したり、地域に「クラスター」と名づけたりするだけで、企業間の取引や学習が生まれるわけではありません。

政策を考える際には、まず地域の現状を調べる必要があります。

確かめること政策を考える際の問い
既存企業どの技術や取引が蓄積しているか
人材何を学べて、地域内にどのような仕事があるか
企業間の関係地元企業は互いに、また域外企業と取引しているか
新規参入起業や他分野からの参入を妨げるものは何か
成果新しい事業だけでなく、地元の雇用や所得にどうつながったか

既存の強みを生かすことと、新しい挑戦を受け入れることの両方が重要です。特定産業に集中したことで得た利益を、次の変化へつなげられるか。そこに、クラスター政策の難しさと可能性があります。

おわりに――集まることから、変わり続けることへ

産業立地は、一社が場所を選ぶ問題です。産業集積は、複数の企業が集まる現象です。クラスターを考えると、企業や大学、人材の関係が見えてきます。そして地域イノベーションを考えると、その関係から何が新しく生まれ、地域にどう役立つかが問われます。

シリコンバレー、新竹、深圳、バンガロール、浜松の歩みは同じではありません。また、ピッツバーグやデトロイトが示すように、かつて強かった産業集積も変化を迫られます。

したがって、地域にとって重要なのは、企業を集めた時点を完成形と考えないことです。集まった企業や人々が互いに学び、新しい仕事を生み、産業が変化したときにも次の道を開けるか。そこまで見て初めて、集積が地域の将来を支える力になっているかを判断できます。

参考文献

松原宏(2006)『経済地理学――立地・地域・都市の理論』東京大学出版会

藤田昌久・ポール・クルーグマン・アンソニー・J・ベナブルズ(2000)『空間経済学――都市・地域・国際貿易の新しい分析』小出博之訳、東洋経済新報社

マイケル・E・ポーター(2018)『[新版]競争戦略論Ⅱ』竹内弘高監訳、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部訳、ダイヤモンド社

アナリー・サクセニアン(2009)『現代の二都物語――なぜシリコンバレーは復活し、ボストン・ルート128は沈んだか』山形浩生・柏木亮二訳、日経BP社

松原宏編(2013)『日本のクラスター政策と地域イノベーション』東京大学出版会

松原宏編(2018)『産業集積地域の構造変化と立地政策』東京大学出版会

野中郁次郎・竹内弘高(1996)『知識創造企業』梅本勝博訳、東洋経済新報社

タイトルとURLをコピーしました