
スタートアップが成功するためには、アイデアや資金だけでなく、最適な環境=“エコシステム”の活用が欠かせません。世界的な成功を収めたシリコンバレーやイスラエルをはじめ、東京や福岡など日本国内でも注目されるエコシステムが形成されています。本記事では、スタートアップエコシステムの構成要素や成功事例、効果的な活用方法を解説し、企業の成長を支えるポイントを探ります。特にアクセラレーションプログラムやピッチイベント、産学連携の重要性についても具体例を交えながら説明します。次の一歩を踏み出すヒントが見つかるはずです。
なお、この記事は起業・スタートアップ3部作の1つです。他記事は下記リンクから飛んでください。
1. はじめに:なぜ起業に場所性が必要なのか
起業が成功する要因は、もちろん起業家の能力・情熱は重要ですが、それだけではなく、起業家が「時の利」「地の利」をいかに活用できるかにも左右されます。成功するスタートアップは、適切な場所を選び、信頼できる仲間とつながり、実践を重ね、効率的な仕組みを整えることで成長します。
これらを総括すると、「最適な場所(Place)と人(People)を選び、正しい訓練(Practice)を重ね、実践プロセス(Process)を整備する」ことが、起業の成功には欠かせません(馬田2019)。
1) 場所性の重要性と「居場所」
起業を成功させるためには、制度や文化を支える「居場所」となる空間が必要です。仲間との親密なコミュニケーションは、物理的な近接性を伴うことで一層深まります。また、起業を促進する制度や文化は、人が集まる特定の空間で形成されます。起業はとてもリスクの高い行動です。そのため、この「居場所」は、単なる物理的なスペースに留まらず、安心して挑戦し、学び合える心理的な場も意味します。
2) 創造性を掻き立てる空間の例
場所性の議論では、以下のような場所が起業やイノベーションの拠点として重要視されます。
- 大学の研究室や学内施設:学生や研究者同士の親密な関係構築により、人脈形成や技術革新が進む。
- サード・プレイス(サロンやカフェ):業種や専門を超えた人々が集まり、偶然の出会いから新たなアイデアが生まれる空間。
- シリコンバレーのガレージ文化:HPやAppleのように、手狭なガレージから始まった企業が、創造性と革新性を象徴する存在となっています。
これらの空間は、単に作業する場所というだけでなく、ネットワーキングや協働の場として機能し、新たな発想を生む源泉となります。
3) 起業文化とベンチャー文化の形成
起業文化は「社会関係資本」の蓄積によって醸成されます。社会関係資本とは、人と人の信頼や協力を生む人脈やつながりを指します。具体的には以下のステップを経て形成されます。
- 人々のつながりが増える:地域の交流イベントやビジネスマッチングを通じて、人脈が広がります。
- 特定の地域に人材や資本が集中する:共通の目標を持つ人々が集まる場所には、情報や資金も集まります。
- 起業・ベンチャー文化の発展:特定の地域にスタートアップエコシステムが形成され、新たな挑戦を後押しする文化が生まれます。
4) 起業環境と場所性の関係
起業を支える環境は、地理的な場所だけでなく、制度や文化とも密接に関係しています。たとえば、スタートアップ支援施設やアクセラレータープログラム、地方自治体の補助金制度などは、地域のスタートアップエコシステムを支える柱です。こうした制度は、物理的な場所で人々が集まり、対話や協働を行うことで効果を発揮します。
また、イノベーションも起業と同様に、場所性が重要です。シリコンバレーの事例では、企業、大学、研究機関が集積する地域環境が、イノベーションを生むエコシステムを形成しています。つまり、起業やイノベーションには、人的資本と制度的資本が交わる「場」が不可欠なのです。
2. スタートアップエコシステムとは何か
スタートアップエコシステムは、起業家や新興企業が成長しやすい環境を整備し、支援するためのネットワークや制度の総体を指します。このエコシステムには、起業家自身だけでなく、投資家、大学、研究機関、政府機関、支援団体など多様な主体が関与し、相互に連携することで、新しいビジネスやイノベーションを促進する仕組みが形成されます。
1) エコシステムの定義と役割
スタートアップエコシステムは、資金調達、人材確保、情報共有、ネットワーキング、技術支援などのリソースを提供する「場」を作る役割を担います。その目的は、起業家がアイデアを実行しやすい環境を整え、企業の成長をサポートすることにあります。また、エコシステムは、失敗からの学びや、リスクを抑えた新しい挑戦を後押しする仕組みを提供します。
2) エコシステムのメリット
スタートアップエコシステムが整備されている地域では、以下のようなメリットがあります。
- リソースへのアクセス向上:資金、オフィススペース、専門知識などの必要なリソースが容易に入手できます。
- ネットワーキングの機会増加:投資家や他の企業、大学関係者と連携しやすくなり、協力の機会が増えます。
- イノベーションの促進:大学や研究機関が連携することで、最先端技術を活用したビジネスが誕生しやすくなります。
- 地域経済の活性化:スタートアップの成長は雇用創出につながり、地域全体の経済を底上げします。
3) 企業、大学、行政の協力構造
スタートアップエコシステムが効果的に機能するためには、企業、大学、政府の協力が不可欠です。
- 企業:製品開発のノウハウ提供、共同プロジェクトの推進、資金や人材の提供を行います。
- 大学・研究機関:基礎研究や応用研究を行い、新しい技術の提供や人材育成の場を提供します。また、産学連携を通じて起業家にとって有用な知識や支援を提供します。*
- 行政:税制優遇、補助金・助成金、法規制の緩和など、制度的な支援を行い、エコシステム全体を推進します。*
これらの主体が連携することで、起業家はビジネスの立ち上げや成長に必要な環境を手に入れることができます。
4) 起業エコシステム論の重要性
起業エコシステム論は、地域経済の活性化やイノベーション創出において重要な役割を担います。シリコンバレーやイスラエルの成功事例は、単なる企業集積地ではなく、官民連携、産学連携、投資環境などの要素が一体となったエコシステムによって成り立っています。このような総合的な支援環境が整っていることで、新たなスタートアップが誕生しやすくなり、成長の循環が生まれます。
5) 政府によるスタートアップエコシステム支援事業
政府は、世界に伍するスタートアップエコシステムを形成するために、地域の拠点都市を整備する施策を進めています。
- 世界と伍するスタートアップ・エコシステム拠点都市の形成
内閣府は、2019年よりスタートアップ・エコシステム拠点都市の形成を推進し、東京、大阪、福岡などを拠点として国際競争力のあるスタートアップ環境を構築しています。これにより、グローバル展開を視野に入れたスタートアップ企業が育成され、海外からの投資や人材誘致も期待されています。
- 地域づくりとベンチャー企業輩出
地域ごとの特色を活かした支援プログラムが導入されており、産学官連携やアクセラレータープログラムが積極的に行われています。これにより、地域発のスタートアップが全国、さらには世界へと展開するための基盤が整備されています。
スタートアップエコシステムは、単なる支援体制ではなく、地域全体の連携を通じて新たなビジネスやイノベーションを生む基盤です。企業、大学、政府が一体となった取り組みは、起業家にとって最適な成長環境を提供し、持続可能な成長サイクルを生み出します。今後もエコシステムの形成を進めることで、地域経済の競争力を高め、グローバルなイノベーションハブとしての役割を担うことが期待されます。
図1 スタートアップ・エコシステム拠点都市

>リンク 内閣府 世界と伍するスタートアップ・エコシステム拠点都市の形成
3. エコシステムを構成する主要要素と構造
スタートアップエコシステムは、さまざまな要素が連携し、起業家の成長を支える複雑なネットワークとして機能しています。その中でも、インキュベーションセンター・アクセラレーター、投資家・ベンチャーキャピタル、起業家ネットワークとコミュニティは、エコシステムの中心的な役割を担っています。
1) インキュベーションセンター・アクセラレーターの役割
インキュベーションセンターやアクセラレーターは、スタートアップ企業の成長を支援するために必要な物理的環境やプログラムを提供します。特に、次のような役割があります。
- インキュベーションセンターの役割
インキュベーションセンターは、スタートアップの初期段階において、オフィススペース、事業相談、技術サポートなどを提供します。これにより、初期費用を抑えながら、事業の基盤づくりが可能となります。また、ビジネスモデルの策定や市場調査、法務支援など多角的な支援を通じて、企業が失敗リスクを抑えつつ成長できる環境を整備します。
- アクセラレーターの役割
アクセラレーターは、短期間での成長を目指すプログラムを提供し、資金調達の機会、メンタリング、ネットワーク構築などを集中的にサポートします。特に、投資家との連携を重視し、起業家にピッチイベントの機会を与えることで、成長資金の獲得を後押ししています。世界的に有名なY CombinatorやTechstarsなどのアクセラレーターは、多くの成功事例を生み出しています。
2) 投資家・ベンチャーキャピタルの役割
スタートアップが成長するためには、資金調達が不可欠です。そのため、投資家やベンチャーキャピタル(VC)の存在はエコシステムの重要な要素です。
- 資金提供と経営支援
ベンチャーキャピタルは、単なる資金提供者ではなく、経営アドバイザーとしても機能します。企業価値向上のための戦略策定、適切な人材の紹介、次回ラウンドの資金調達支援など、多面的なサポートを提供します。 - ネットワークの提供
VCやエンジェル投資家は、他のスタートアップや大企業、投資家とのネットワークを提供し、成長の機会を拡大します。このネットワークを活用することで、スタートアップは市場規模を拡大し、事業提携のチャンスを得られるようになります。 - リスクテイクの役割
スタートアップの多くは不確実性が高く、銀行融資では資金調達が難しいケースがあります。そのため、リスクを取れるベンチャーキャピタルは、画期的なビジネスモデルや成長可能性を持つ企業を支援し、次世代のイノベーションを生み出す一翼を担っています。
3) 起業家ネットワークとコミュニティの重要性
スタートアップエコシステムにおいて、起業家ネットワークやコミュニティは情報共有や学びの場として不可欠な存在です。起業家同士が切磋琢磨できる環境は、挑戦を続けるための大きな支えとなります。
- 情報共有とフィードバック
起業家ネットワークでは、成功事例や失敗事例の共有が行われ、メンバー同士がフィードバックを交換することで、課題の解決や新たなアイデア創出が生まれます。特に、経験豊富な起業家との交流は、新規起業家にとって大きな学びとなります。 - 心理的安全性とモチベーション維持
起業は孤独な挑戦となることが多いため、仲間の存在は心理的な安心感を与え、モチベーションを高める役割を果たします。ピッチイベントや勉強会、ハッカソンなどのコミュニティ活動を通じて、横のつながりを形成することが重要です。 - グローバルな視点の獲得
起業家ネットワークの中には、海外スタートアップや投資家と交流するプログラムも存在します。こうした国際的なコミュニティへの参加は、最新のトレンドや市場情報を得る手段となり、事業の国際展開を後押しします。
4. 国内外のエコシステム事例
スタートアップエコシステムの形成と成功には、地域ごとの特性に応じた戦略と環境整備が重要です。ここでは、代表的な国内外のスタートアップエコシステムの事例を紹介し、それぞれの成功要因を詳しく説明します。
1) シリコンバレー(米国):産学連携とVC主導のエコシステム
シリコンバレーは、世界有数のスタートアップエコシステムとして知られ、長年にわたり多くの革新的企業を輩出してきました。その成功要因の一つは、産学連携とベンチャーキャピタル(VC)の主導による支援体制です。
- スタンフォード大学の影響力:これらの大学は、研究成果を商業化する仕組みを整備し、起業家精神を育む教育プログラムを提供しています。スタンフォード大学発のGoogleやNVIDIAはその象徴です。
- VCによる積極的な投資:シリコンバレーには多くのVCが集積し、資金だけでなく経営アドバイスやネットワークを提供しています。特に、初期段階からリスクを取った支援を行うことで、新興企業の成長を後押ししています。
- サード・プレイスの存在:ガレージ文化やカフェ・食堂(ダイナー)でのディスカッションなど、アイデア交換が活発に行われる「場」の存在もイノベーション創出の要素です。
このように、シリコンバレーは大学、VC、起業家が一体となったネットワークにより、成長を続けるスタートアップエコシステムを構築しています。
2) イスラエル:軍事技術を活用した「スタートアップネイション戦略」
イスラエルは「スタートアップネイション」と呼ばれ、人口わずか900万人程度の国でありながら、多数のユニコーン企業を輩出しています。その背景には、軍事技術を民間に転用する戦略があります。
- 8200部隊出身者の活躍:イスラエル軍の諜報部隊「8200部隊」は、優秀な技術者を育成することで知られ、多くの起業家が軍退役後にスタートアップを設立しています。サイバーセキュリティ企業Check Pointはその代表例です。
- 政府の支援策:イスラエル政府は、起業支援のために「Yozmaプログラム」を導入し、VCへの出資を通じて国内のベンチャー投資を活性化しました。
- グローバル市場志向:イスラエルのスタートアップは、国内市場が小さいため、創業当初から国際展開を見据えてビジネスを構築する文化があります。
イスラエルの成功は、軍事技術と政策支援、国際市場への適応力の組み合わせにより実現されています。
3) 本郷バレー(日本):AIベンチャーの集積
日本国内の代表的なスタートアップエコシステムとして、本郷バレーがあります。これは、東京大学周辺に形成されたスタートアップ集積地であり、特にAI分野のベンチャー企業が多く見られます。
- 大学主導のスタートアップ支援:東京大学の産学協創プログラムにより、学生や研究者が起業を目指しやすい環境が整備されています。
- AI・データサイエンス分野の強み:本郷バレーでは、AIアルゴリズムの研究成果を活用したスタートアップが多数誕生し、国内外から注目を集めています。
- 大手企業との連携:多くの大手企業が本郷エリアのスタートアップと連携し、共同研究や事業化支援を行っています。これにより、研究段階から市場投入までのスピードが加速しています。
本郷バレーは、日本における先端技術型エコシステムの象徴であり、国内スタートアップの成功モデルとなっています。
国内外のスタートアップエコシステム事例を通じて、各地域が異なる強みやアプローチを持ちながら成長していることがわかります。シリコンバレーは産学連携とVC、イスラエルは軍事技術と政府の支援、本郷バレーは大学を中心とした研究成果の事業化を強みとしています。
これらの事例から、成功するエコシステムには「制度」「ネットワーク」「地域資源」の活用が不可欠であり、それぞれの地域に合わせたエコシステム構築が求められます。
5. スタートアップエコシステム活用のポイント
スタートアップエコシステムを効果的に活用することで、スタートアップは資金調達や市場拡大、事業成長を加速できます。ここでは、スタートアップが成長するための具体的な方法として、ピッチイベントやアクセラレーションプログラムの活用、ハッカソンの開催、クラスター・ブランドの構築、グローバルエコシステムへの参加について解説します。
1) ピッチイベントやアクセラレーションプログラムの活用
ピッチイベントは、スタートアップが投資家や企業関係者に対して自社の事業計画を発表し、フィードバックや資金提供の機会を得る場です。ピッチイベントの参加は、次のようなメリットがあります。
- 資金調達の機会:投資家から直接フィードバックを受け、資金提供の交渉につなげられます。
- ネットワーキング:イベントを通じて他の起業家や企業関係者とのつながりを形成し、事業連携や情報共有が促進されます。
アクセラレーションプログラムは、スタートアップの成長を短期間で支援するための集中プログラムです。メンタリング、ワークショップ、デモデイ(スタートアップ企業やクリエイターが自社の事業計画や作品を披露するイベント・成果発表会)などを通じて、スタートアップの事業戦略やプロダクト開発を加速させます。Y Combinatorや500 Startupsなどの世界的なアクセラレーターは、多くの成功企業を輩出しています。
2) ハッカソンの開催
ハッカソンは、プログラマーやデザイナーが短期間でアイデアを出し合い、試作品を作成するために行われるイベントです。参加者はエンジニア、デザイナー、ビジネスプランナーなど異なる専門性を持つ人々で構成されるため、多様な視点から新しいプロダクトが生まれやすい特徴があります。
ハッカソンの利点は次の通りです。
- 新規アイデアの創出:短期間の集中作業により、従来の枠を超えた発想が生まれます。
- チーム形成:イベントを通じて、新たな仲間やパートナーを見つける機会となります。
- 企業連携の強化:スポンサー企業や協力団体が参加する場合、技術支援や採用の機会が提供されることがあります。
3) クラスター・ブランドの構築
資金や人材を集めるために地域ごとに特化した産業クラスターを形成し、地域ブランドを構築することは、スタートアップエコシステムの強化につながります。
- 産業クラスター形成:特定の産業(AI、バイオテクノロジー、フィンテックなど)に関連する企業や大学、研究機関が集まり、知識共有や共同プロジェクトが進むことで、地域全体の競争力が高まります。
- ブランド力の向上:地域独自の技術やサービスを国内外に発信することで、「〇〇バレー」「〇〇ハブ」といった名称が象徴的なブランドとなり、スタートアップや投資家の集積を促進します。
代表例として、米国の「シリコンバレー」やイスラエルの「スタートアップネイション」、日本の「本郷バレー」などがあります。これらの地域は特定分野での成功事例を積み重ね、世界的な認知度を獲得しています。
4) グローバルエコシステムへの参加による成長加速
スタートアップがグローバル市場にアクセスし、成長を加速するためには、グローバルエコシステムへの参加が重要です。
- 国際的なイベント参加:TechCrunch Disrupt(米国)、SXSW(米国)、DLD Tel Aviv Innovation Festival(イスラエル)など、世界的なスタートアップイベントに参加することで、海外の投資家やパートナーとのネットワークを形成できます。
- アクセラレーターへの参加:海外のアクセラレーションプログラムに参加することで、現地の市場環境に適応しやすくなり、事業の国際展開を加速できます。
- 市場情報の獲得:グローバル市場のトレンドや規制情報をリアルタイムで把握し、競争力を高めることができます。
6. まとめ
スタートアップエコシステムは、地域や企業の成長を支える重要な基盤です。エコシステムを効果的に活用することで、新しいビジネスが生まれ、地域全体の経済が活性化し、持続可能な成長モデルが構築されます。本章では、エコシステム活用による成長モデルの提案と成功事例から学べる教訓を整理します。
1) エコシステム活用による地域・企業成長モデルの提案
エコシステムを活用した成長モデルのポイントとしては、産業クラスターの形成、支援ネットワークの整備、グローバルな連携の推進が挙げられます。
- 産業クラスターの形成
同じ分野の企業、大学、研究機関を一つの地域に集積させ、知識やリソースを共有することで、地域の競争力が高まります。これにより、スタートアップの成長とともに雇用創出や産業発展が促進されます。 - 支援ネットワークの整備
アクセラレーションプログラムやピッチイベントを通じて、VCなどの資金提供者、弁護士・会計士などの専門家、他の起業家とつながる機会を提供することで、スタートアップの成長が加速します。また、メンターシップ制度の導入は、経験豊富な企業家の知識を活用できる重要な要素です。 - グローバルな連携の推進
国際的なイベントやアクセラレータープログラムに積極的に参加し、海外の投資家やパートナーと連携することで、事業のスケールアップや市場展開が進みます。特に、成功した地域のスタートアップは国際的なエコシステムに参加し、最新の市場情報や技術動向を取り入れています。
2) まとめと今後の展望
スタートアップエコシステムは、単なる支援体制ではなく、起業家、投資家、行政、研究者などが連携し、持続的なイノベーションを生むための「共創の場」です。
スタートアップエコシステムはあくまでも起業のための制度的環境と言えます。制度を構築してもプレイヤーがいなければ発展しません。あくまで重要なのは、お金儲けをしたい、社会を変えたいという情熱をもった人です。
成功事例から得られる教訓をもとに、地域特性に合わせた柔軟なエコシステムの形成を進めることで、企業の成長と地域経済の活性化を両立できる未来が期待されます。
補遺 スタートアップエコシステムとイノベーションエコシステムの違い
スタートアップエコシステムとは別にイノベーションエコシステムというコンセプトがあります。両者は、起業や技術革新を支える環境として密接に関係していますが、焦点や構成要素、目的に違いがあります。ここでは、両者の違いを整理しつつ、その相互補完的な関係性を解説します。
1) イノベーションエコシステムの特徴
イノベーションエコシステムは、産業全体の競争力向上や技術革新、社会問題解決などを目的とし、大企業から中小企業、大学、研究機関、行政など多様なプレイヤーが連携して新しい技術やサービスを創出することに重きを置いています。イノベーションエコシステムでは、従来の産業構造に変革をもたらす新製品や新サービスの開発が主な成果です。
2) スタートアップエコシステムの特徴
一方、スタートアップエコシステムは、特にスタートアップ企業の設立から成長、スケールアップ、エグジット(株式上場やM&Aなど)を促進する環境の整備に特化しています。このエコシステムは、インキュベーターやアクセラレーター、ベンチャーキャピタル、スタートアップ支援プログラムなど、スタートアップ企業を中心とした支援要素で構成されます。新しいビジネスモデルの創出や市場開拓が主な成果として期待されています。
表1 イノベーションエコシステムとスタートアップエコシステムの違い
項目 | イノベーションエコシステム | スタートアップエコシステム |
焦点 | イノベーション全般(大企業、中小企業、スタートアップ、大学など) | スタートアップの設立・成長・成功 |
構成要素 | 大企業、中小企業、スタートアップ、大学、行政、金融機関など | スタートアップ、ベンチャーキャピタル、インキュベーター、アクセラレーター、大企業、大学、行政など |
目的 | イノベーションの創出、経済成長、産業の競争力向上、社会問題解決など | スタートアップの創業・成長・スケールアップ |
アウトプット | 新製品、新技術、新サービス、新ビジネスモデルなど | スタートアップの増加、資金調達、エグジットなど |
3) 両者の相互補完的な関係性
スタートアップエコシステムとイノベーションエコシステムは、独立して存在するものではなく、相互補完的な関係にあります。
- 技術の供給と事業化の連携
イノベーションエコシステム内で開発された技術や研究成果は、スタートアップによって事業化され、新たな市場を生み出すことがあります。例えば、大学発ベンチャーは、大学の研究成果を基に市場に革新的な製品やサービスを提供します。 - 市場の拡大と成長の促進
スタートアップが成長することで、他の企業にも技術やノウハウが共有され、産業全体の競争力が向上します。大企業がスタートアップと協業することで、新たな事業分野を開拓し、イノベーションエコシステムの中での活性化が進みます。 - リスク分散と柔軟な挑戦
イノベーションエコシステム内の大企業は、新技術に対するリスクを低減するため、スタートアップと連携して試験的なプロジェクトを進めることがあります。これにより、スタートアップは市場投入の機会を得て、成長の足掛かりを築きます。
近年、両者は補完関係を越えて融合しています。そのため、スタートアップエコシステムとイノベーションエコシステムに明確な違いが見られなくなってきています。
参考文献
馬田隆明(2019)『成功する起業家は「居場所」を選ぶ』日経BP
金間大介(2022)「スタートアップ・エコシステム研究の潮流と今後のリサーチ・アジェンダ:地域の特徴に基づいたエコシステムの構築に向けて」IFI Working Papper No.12
本山康之(2022)「起業エコシステムの研究―軌跡と展望―」『組織科学』56,2,:43-56
吉岡(小林)徹, 丸山裕貴, 平井祐理, 渡部俊也(2020)「本郷バレーはなぜ生まれたか:大学発ベンチャー集積の理由」一橋ビジネスレビュー 67(4) 46 – 61
渡部俊也、福嶋路、金間大介、伊藤伸、樽谷範哉(2024)「スタートアップ・エコシステムに関する政策提言 エコシステムの拡大とグローバル化」IFI Policy Recommendation No.29