
はじめに
前記事では、ネットワーク効果とロックインによって、デジタル市場では利用者が少数のプラットフォームへ集中しやすいことを説明しました。
しかし、デジタル市場の勝者が手に入れるものは、売上や市場シェアだけではありません。利用者が集まれば、検索、閲覧、購買、投稿、移動、視聴などの活動も一つのプラットフォームへ集まります。
そして、その活動はデータとして蓄積されます。
Googleでは検索や広告利用などからデータが生まれます。Amazonでは、商品の検索、閲覧、購買などからデータが生まれます。Netflixでは視聴行動がデータになります。MetaのSNSでは、投稿、閲覧、反応、広告接触など、さまざまな行動がデータ化されます。
こうしてデータは、単なる「記録」ではなく、検索、推薦、広告、需要予測、商品開発、サービス改善などに利用される経済資源になりました。
では、なぜデータは「資源」にとどまらず、「資本」と呼ばれるようになったのでしょうか。
その理由を理解するには、データが蓄積され、繰り返し利用され、将来の価値創出へ再投入されるという性質を持つようになったことに注目する必要があります。
本章では、データ化→蓄積→演算→価値化→再利用→さらなるデータ蓄積という循環から、データ資本主義の仕組みを考えていきます。
※この「データ→演算→価値→再投資」という循環は、現在のクラウドビジネスで具体的に見ることができます。クラウドを「データ工場」として捉えたこちらの記事もあわせてご覧ください。
⇒クラウドの正体は「データ工場」である――AI時代の新しい資本循環
1 データは「21世紀の石油」なのか
データの重要性を説明するとき、しばしば「データは21世紀の石油である」といわれます。
原油は採掘しただけでは用途が限られていますが、精製・加工することでガソリンや化学製品などへ変わります。データも同じように、収集するだけでは十分な価値を持たず、処理・分析することで経済価値へ変わるという点では石油と似ています。
しかし、両者には重要な違いがあります。
石油は使えば減ります。
一方、データは一度利用してもなくなりません。同じデータを需要予測、広告、推薦、新サービスの開発など、さまざまな用途に繰り返し利用できます。異なるデータを組み合わせることで、新しい価値を生み出すこともできます。
したがって、データは石油のように一方的に消費される資源ではありません。データは、利用してもなくならず、繰り返し利用でき、異なるデータとの組み合わせによって新しい価値を生み出せる資源です。
2 なぜデータを「資本」と考えるのか
では、なぜこのデータを単なる「情報」ではなく、「資本」と考えることができるのでしょうか。ここでは慎重に考える必要があります。
データそのものを、工場や機械とまったく同じ意味で資本とみなすわけではありません。
本記事でいう「データ資本」とは、データを蓄積し、演算し、繰り返し利用することで、将来にわたって新しい価値や収益を生み出す能力を指します。
データだけで自動的に価値が生まれるわけではありません。データを取得する仕組み、それを処理するアルゴリズムと演算能力、さらに価値へ変換するサービスが結びついて、はじめてデータは資本として機能します。
一般に資本は、現在所有している富を単に保有するだけでなく、それを生産活動へ投入し、将来の価値を生み出すために利用するものです。
この点で、データにも資本に似た性質があります。
たとえばAmazonが蓄積した購買や閲覧などのデータは、一度使えば終わりではありません。
- レコメンドに利用する。
- 広告に利用する。
- 需要予測に利用する。
- 在庫管理に利用する。
- 新しい商品やサービスの開発に利用する。
このように、同じデータを繰り返し価値創出へ投入することができます。
だからこそ、データは単なる活動の副産物ではなく、企業が蓄積し、運用する重要な経済的資産になっています。
3 工場を蓄積する資本主義からデータを蓄積する資本主義へ
この変化は、産業資本主義と比較すると分かりやすくなります。
20世紀の巨大企業を考えてみましょう。
自動車会社、鉄鋼会社、化学会社などは、工場、機械設備、物流網などに巨額の資本を投資しました。
- 企業が利益を得る。
- その利益の一部を新しい工場や機械へ再投資する。
- 生産能力が高まる。
- 販売量が増える。
- さらに利益が生まれる。
すると、利益→ 設備投資→ 生産能力拡大→ 生産量増加→ 利益増加→ さらなる設備投資という資本蓄積の循環が形成されます。
これが産業資本主義を支えてきた基本的な構造の一つです。
一方、デジタル経済では、別の蓄積循環が形成されます。
利用者→ 活動・取引→ データ→ 演算・分析→ サービス改善・収益化→ 利用者増加→ さらなるデータという循環です。

図 データ資本主義の自己強化的な循環
つまり、産業資本主義において企業が工場や機械を蓄積したように、デジタル企業は、
- データ
- アルゴリズム
- ソフトウェア
- 演算能力
- 利用者ネットワーク
などを蓄積し、それを次の価値創出へ再投入するようになります。
これが、データ資本主義を理解するうえで重要なポイントです。

表 産業資本主義とデータ資本主義の比較表
4 Googleは何を蓄積しているのか
具体的にGoogleで考えてみましょう。
Googleの競争力は、単に検索エンジンというソフトウェアを一度開発したことだけにあるわけではありません。検索、広告、地図、動画など、多くのサービスを通じて利用者との接点を持っています。そこから生まれるデータやフィードバックを、サービス改善や広告事業などへ活用できます。さらに、広告などから得た収益を、AI、クラウド、データセンターなどの研究開発へ再投資することもできます。
ここで蓄積されているのは、データだけではありません。データを処理するアルゴリズム、計算基盤、研究者、技術力などが一体となった価値創出能力が蓄積されています。
したがって、データ資本主義を理解する際には、「データを持っている企業が強い」とだけ考えるのでは不十分です。
より重要なのは、データを継続的に取得し、それを演算し、価値へ変え、その成果を再び次のデータ取得と価値創出へ結びつけられる企業が強いということです。
5 プラットフォームは巨大な「データ生成装置」である
さらに重要なのは、プラットフォーム上で活動が行われるたびに、新しいデータが生まれることです。
- Amazonで商品を検索する。
- Googleで情報を探す。
- YouTubeで動画を見る。
- SNSで投稿に反応する。
- App Storeからアプリを入手する。
こうした活動の一つひとつがデータを生み出します。
Googleの例から分かるように、プラットフォームにはもう一つ重要な特徴があります。それ自体が継続的な「データ生成装置」になることです。
プラットフォームは市場を運営する装置であると同時に、データを継続的に生成する装置でもあります。
しかも、プラットフォームの強みはデータの「量」だけではありません。複数のサービスを通じて異なる種類のデータを取得し、それらを組み合わせることができます。
6 データには「組み合わせるほど価値が増える」性質がある
では、異なる種類のデータを組み合わせると、なぜ価値が高まるのでしょうか。
たとえば、小売企業が購買履歴だけを持っている場合と、
- 購買履歴
- 閲覧履歴
- 検索履歴
- 位置情報
など、複数のデータを組み合わせられる場合では、分析できる内容が変わります。利用者が「何を買ったか」だけでなく、何に関心を持ち、何を比較し、どのような行動の結果として購入したのかまで把握できる可能性があります。
こうして、データは単体で利用するだけでなく、他のデータとの組み合わせによって新しい価値を生み出す資源になります。
ただし、これも「データは多ければ多いほどよい」という意味ではありません。古いデータ、誤ったデータ、偏ったデータを大量に持っていても、必ずしも優れた分析はできません。また、用途によっては一定量を超えた追加データの価値が小さくなることもあります。
したがって重要なのは、データ量ではなく、質の高いデータを継続的に取得し、それを価値へ変換する能力です。
そして、この能力は短期間では構築できません。長期間にわたって利用者との接点を持ち、多様なデータを蓄積してきた企業ほど有利になります。こうしてデータの蓄積は、企業間の競争条件そのものを変えていきます。
7 データ蓄積が「参入障壁」になる
データの蓄積は、企業の競争構造にも影響します。
新規企業が優れたサービスを開発したとしても、既存の巨大プラットフォームにはすでに、
- 多数の利用者
- 蓄積されたデータ
- アルゴリズム
- 演算基盤
- ブランド
- 販売者や開発者
- サービス運営の経験 などがあります。
新規企業は、単に同じようなソフトウェアを開発するだけでは、既存企業と同じ条件には立てません。
たとえば新しいEコマース企業が参入しても、Amazonのように膨大な消費者、販売者、商品、購買履歴などを短期間で獲得することは容易ではありません。
つまり、前の記事(4回)で説明した利用者の集中が、データや補完的な資源の集中へ転換されます。そして、その蓄積が新たな参入障壁になる可能性があります。
すると、利用者が多い→ データが集まる→ サービス改善や収益化が進む→ 競争力が高まる→ さらに利用者が集まるという循環が生まれます。
ここで「市場での成功」が、「将来の価値創出能力の蓄積」へ変換されます。

図 データ蓄積はなぜ参入障壁になるのか
まとめ データ資本主義とは「自己強化する資本蓄積」である
データは、単なる「記録」ではありません。企業は利用者の検索、購買、視聴などから生まれるデータを蓄積し、アルゴリズムやAIによって演算することで、推薦、広告、需要予測、サービス改善などに繰り返し利用できます。
データ資本主義とは単に、「データを利用して儲ける経済」ではありません。
企業が顧客情報を利用して利益を得ること自体は、デジタル時代以前から行われてきました。
現代のデータ資本主義を特徴づけているのは、人間や企業の活動が継続的にデータ化され、そのデータが蓄積・演算され、経済価値へ変換され、その価値がさらに利用者とデータを生み出すという循環が、企業活動の中心に組み込まれたことです。
データの蓄積は、単に企業の収益力を高めるだけではありません。誰よりも市場を知り、予測し、参加者の行動を左右する力へと変わっていきます。データ資本の集中は、やがて企業権力の集中へつながります。
次記事では、「巨大プラットフォームはなぜ『権力』を持つのか――市場・情報・ルールを支配する力」について考えていきます。
参考文献
ビクター・マイヤー=ショーンバルガー、トーマス・ランジ(2019)『データ資本主義』斎藤栄一郎訳、NTT出版

