デジタル経済は地域をどう分業させるのか――「中枢」「基盤」「利用」がつくる空間的分業

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はじめに――シリコンバレー、熊本、印西、北海道はどうつながっているのか

前の記事では、デジタル化によって「場所」がなくなるわけではないことを見てきました。

インターネットが普及し、情報やサービスは世界中へ瞬時に届けられるようになりました。地方に住んでいてもクラウドや生成AIを利用でき、Eコマースを通じて全国へ商品を販売できます。その意味では、デジタル化は距離の制約を弱めています。

しかし、企業、人材、資本、研究開発、計算能力まで世界中へ均等に分散したわけではありません。むしろ前の記事で見たように、集積の利益や自己強化によって、重要な機能は特定の都市や地域へ集中しています。

では、デジタル経済を支えるすべての機能が、同じ場所へ集中しているのでしょうか。

地図を広げると、そうではないことが分かります。

  • アメリカのシリコンバレーには、GoogleやMetaなどの巨大デジタル企業が集まり、新しい技術やサービスが開発されています。
  • 日本の熊本県では、半導体工場が立地し、デジタル機器やAIを動かすために欠かせない半導体が生産されています。
  • 千葉県印西市周辺には大規模なデータセンターが集まり、デジタルサービスを支える計算処理が行われています。
  • そして北海道の農業地域では、自動操舵トラクターや農業データなどが実際の農業に利用されています。

どれもデジタル経済の一部ですが、担っている役割は違います。

つまり、デジタル経済は単に「集中」を生み出しているだけではありません。異なる機能を異なる場所が担う、新しい「空間的分業」を形成しています。

本記事では、この構造を、

中枢機能――つくり、決める
②基盤機能――物理的に支える
③利用機能――地域の価値へ変える  
という三つの機能から考えていきます。

1 「どこからでも使える」と「どこでもつくれる」は違う

生成AIを例に考えてみましょう。

東京の会社員でも、北海道の農家でも、九州の中小企業でも利用できます。利用者から見れば、生成AIは「どこにあるのか」を意識しなくても使えるサービスです。しかし、その画面の向こう側をたどっていくと、いくつもの現実の場所が現れます。

まず、AIモデルを開発する研究者やエンジニアがいます。新しいサービスをビジネスに仕立てる企業があり、それを支える大学、研究機関、投資家がいます。

次に、AIを動かすには大量のGPUやサーバーが必要です。それらはデータセンターに置かれ、大量の電力、高速・大容量の通信網、冷却設備などによって支えられています。さらにGPUやサーバーを製造するためには半導体が必要です。半導体も巨大な工場で物理的に生産されています。

そして最後に、そこで生み出されたAIサービスを世界中の企業や個人が利用します。

つまり、一つの生成AIサービスだけを見ても、研究開発する場所、半導体をつくる場所、計算する場所、利用する場所が存在します。

「どこからでも使える」ことと、「どこでも同じようにつくれる」ことは違います。

ここから、デジタル経済の空間的分業が見えてきます。

2 ①中枢機能――シリコンバレーでは何をしているのか

まず、アメリカ西海岸のシリコンバレーを見てみましょう。

この地域には、GoogleやAppleをはじめ、多くのデジタル企業やスタートアップが集まっています。しかし、シリコンバレーが重要なのは、単にIT企業が多いからではありません。

ここでは、新しい技術が研究されます。ソフトウェアやサービスが開発され、スタートアップが設立されます。ベンチャーキャピタルは、どの企業や技術へ投資するかを判断します。巨大企業の経営陣は、どの市場へ進出し、どの技術を重点的に開発するかを決めます。

つまり、企業本社、研究開発、高度人材、大学・研究機関、ベンチャーキャピタル、スタートアップなどが集まり、「何をつくるのか」「どこへ投資するのか」「どのサービスを世界へ広げるのか」を決めています。

これを本記事では「中枢機能」と呼びます。

中枢機能とは、知識、人材、資本、研究開発、意思決定を通じて、デジタル経済を「つくり、動かす」機能です。

前の記事で見たように、こうした機能には集積の自己強化が働くため、世界中へ均等に分散するのではなく、シリコンバレーやシアトルなど一部の都市・地域へ集中します。

※なぜデジタル企業では、一度生まれた集積がさらに大きくなりやすいのでしょうか。デジタル経済に働く「自己強化」の仕組みについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

なぜデジタル企業は巨大化するのか――自己強化と収穫逓増のメカニズム

しかし、中枢だけではデジタル経済は動きません。

3 ②基盤機能――「クラウド」を物理的に支える熊本と印西

ここで日本へ移動してみましょう。

まず熊本県です。熊本県菊陽町周辺では、台湾のTSMCが関係するJASMの半導体工場が立地しています。なぜ半導体工場がデジタル経済に重要なのでしょうか。スマートフォンも、パソコンも、クラウドも、生成AIも、物理的には半導体なしには動きません。AIで大量の計算を行うGPUも半導体です。熊本ではGoogleの検索サービスや生成AIそのものを開発しているわけではありません。しかし、それらを動かすために不可欠な「物」を生産しています。

※こうした「設計する場所」と「つくる場所」の分業は、スマートフォンでも見られます。Apple、TSMC、Foxconnを結ぶグローバルな分業については、こちらの記事で詳しく解説しています。

iPhoneは誰がつくっているのか?――アップルのグローバル・バリューチェーンから見る世界経済

次に、千葉県印西市を見てみましょう。

印西市周辺には大規模なデータセンターが集積しています。Googleも印西市に日本国内のデータセンターを設けています。データセンターとは、大量のサーバーやコンピュータ設備を収容し、データの保存や計算処理を行う施設です。私たちが検索したり、クラウドにファイルを保存したり、生成AIを利用したりすると、その画面の向こう側では、どこかにあるコンピュータが実際に計算しています。

つまり、生成AIに質問したとき、AIが「どこでもないサイバー空間」で考えているわけではありません。物理的なGPUやサーバーが、現実の場所で計算しているのです。

ここから、デジタル経済の「基盤機能」には、大きく二つのタイプがあることが分かります。

  • 熊本のような、半導体などを「つくる基盤」
  • 印西のような、データやAIを「計算する基盤」

両者は異なる産業ですが、デジタル経済を物理的に成立させているという点では共通しています。

ここで重要なのが、「クラウド」は決して雲ではないということです。「クラウド」という言葉からは、データが空中のどこかに浮かんでいるような印象を受けます。しかし実際には、その背後には半導体、サーバー、GPU、データセンターがあります。そして、それらを動かすためには、広い土地、大量の電力、大容量の通信網、冷却設備などが必要です。

※では、データセンターはどこにでも建てられるのでしょうか。実際には、電力、通信、土地、災害リスク、政策などによって立地できる場所は限られています。データセンターの「立地の地理」については、こちらの記事で詳しく解説しています。

データセンターはどこに立つのか――電力・規制・地政学が決める新しい立地戦略

しかも、AIが発展し利用が広がれば、さらに大きな計算能力が求められます。

AIの利用拡大→ 半導体需要の増加→ データセンターの増加→ 電力需要の増加→ 土地・通信・冷却設備への需要増加という連鎖が生まれます。ここには、デジタル経済の重要な逆説があります。

サイバー空間が拡大するほど、それを支える物理空間への需要も増加します。

シリコンバレーだけを見ていると、デジタル経済は「知識とソフトウェアの経済」のように見えます。しかし熊本や印西を見ると、まったく別の姿が現れます。

デジタル経済は、知識やデータだけで成り立っているのではありません。同時に、半導体、工場、データセンター、土地、電力、通信、冷却設備といった「物質的な基盤」に支えられた経済でもあるのです。

4 ③利用機能――北海道の農業もデジタル経済である

では、巨大IT企業も、半導体工場も、データセンターもない地域は、デジタル経済では重要ではないのでしょうか。そうではありません。

ここで北海道の農業を考えてみましょう。

北海道では、広い農地を効率よく管理するため、自動操舵トラクターや栽培管理システムなどを利用するスマート農業が進められています。自動操舵システムを使えば、GPSなどを利用しながらトラクターをより正確に走行させることができます。農地や作物のデータを蓄積すれば、施肥、防除、収穫時期などの判断にも活用できます。

ここで農家がAIを開発しているわけでも、半導体を製造しているわけでもありません。

しかし、外部で開発されたデジタル技術を農業へ導入することで、作業時間の短縮や生産性の向上、新しい農業の仕組みを生み出すことができます。

本記事では、この役割を「利用機能」と呼びます。

利用機能とは、外部で生み出されたデジタル技術を、地域固有の産業・資源・知識と組み合わせ、新しい価値へ変える機能です。

5 「利用する」とは「受け身になる」ことではない

「利用機能」という言葉から、「シリコンバレーが技術をつくり、地方はそれを使うだけ」という関係を想像するかもしれません。

しかし、そうとは限りません。

北海道の農家には、土地、気候、作物、農作業についての知識があります。こうした地域固有の知識を、デジタル企業が最初から持っているわけではありません。そこへAI、センサー、GPS、データ分析などを組み合わせることで、新しい価値が生まれます。

すると、地域課題→ デジタル技術の導入→ 実証・データ蓄積→ 改善→ 新しいサービスという循環が生まれることもあります。

つまり利用する地域は、単なる「デジタル技術の消費地」ではありません。

デジタル技術と地域固有の知識を組み合わせ、新しいイノベーションを生み出す場所にもなり得ます。

この視点に立てば、すべての地域が「第二のシリコンバレー」を目指す必要はありません。

  • 農業が強い地域なら「農業×デジタル」。
  • 製造業が強い地域なら「製造業×AI・IoT」。
  • 観光地域なら「観光×データ」。

重要なのは、デジタル技術を地域がすでに持っている産業、知識、人材とどう組み合わせるかです。

6 三つの機能がつくる地域間の分業

ただし、世界の地域を「中枢地域」「基盤地域」「利用地域」という三つの箱に分けられるわけではありません。

たとえば東京には、企業本社や研究開発などの中枢機能がありますが、同時に多くの企業や住民がデジタル技術を利用しています。印西でも、データセンターという基盤機能だけでなく、地域の企業や住民による利用機能があります。北海道でも、デジタル技術を利用するだけでなく、農業現場の知識やデータから新しい技術やサービスが生まれる可能性があります。

したがって、ここで示したのは「地域を三種類に分類するモデル」ではありません。

より正確には、

  • 中枢機能――つくり、決める
  • 基盤機能――物理的に支える
  • 利用機能――地域の価値へ変える  という、デジタル経済を構成する三つの機能です。

一つの地域が複数の機能を持つこともありますし、どの機能が強いかも地域によって異なります。重要なのは、これらの機能が別々に存在しているのではなく、地域を越えて結びついていることです。

図 デジタル経済の空間的分業

もちろん、実際のデジタル経済はこれほど単純ではありません。半導体やデータセンターは世界各地にあり、一つの地域が複数の機能を担っています。

それでも、このように地図の上でつないでみると、重要なことが見えてきます。私たちが画面上で一つのデジタルサービスを利用する背後では、異なる地域が異なる機能を担いながら相互に結びついています。

つまり、デジタル経済の地理を見るうえで重要なのは、「この地域は中枢か、基盤か、利用か」と分類することではありません。「その地域はどの機能をどの程度担い、それが他の地域の機能とどのようにつながっているのか」と考えることです。この地域間のつながりこそが、デジタル経済がつくり出す新しい空間的分業です。

7 価値を生む場所と、価値を獲得する場所は同じなのか

ここまで見ると、シリコンバレー、熊本、印西、北海道が、それぞれの強みを生かしてデジタル経済を支えているように見えます。しかし、ここで一つ重要な問題が残ります。それぞれの地域は、担っている役割に見合った利益を受け取っているのでしょうか。

たとえば北海道の農家がクラウドやAIを利用すれば、生産性が高まり、地域に新しい価値が生まれるかもしれません。しかし、そのサービスを利用するために支払われる料金の一部は、クラウドやAIを提供する企業へ流れます。

しかし、ここで重要なのは、デジタル経済を支える場所と、そこから大きな価値や利益を獲得する場所が、必ずしも一致しないことです。つまり、デジタル経済では「機能がどこに配置されているか」と「価値がどこに蓄積されるか」を分けて考える必要があります。

その典型がシリコンバレーです。

シリコンバレーには、GoogleやMetaなどの中枢機能が集まっています。こうした企業が握っているのは、工場やデータセンターだけではありません。ソフトウェア、アルゴリズム、知的財産、ブランド、プラットフォーム、データ、そして事業の方向を決める意思決定機能です。

たとえば、世界各地の企業や個人がデジタルサービスを利用すれば、それぞれの地域で新しい価値が生まれます。しかし同時に、広告料、クラウド利用料、手数料などの形で、その一部がサービスを提供する巨大プラットフォーム企業へ流れていきます。さらに利用によって生まれたデータも、サービスの改善や新しいビジネスへ利用されます。その結果、世界各地で生み出された価値の一部が、中枢機能を持つ企業へ還流し、利益、データ、知的財産として蓄積される構造が生まれます。

※なぜ巨大デジタル企業は、自らすべてを生産しなくても大きな価値を獲得できるのでしょうか。その鍵となる「プラットフォーム」という仕組みについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

プラットフォームはなぜデジタル経済の中心になったのか

そこで重要になるのが、「価値を生み出す場所」と「価値を獲得する場所」は同じなのかという問いです。デジタル経済を見るときには、技術はどこで生まれるのか、半導体はどこでつくられるのか、計算はどこで行われるのか、サービスはどこで利用されるのか、お金やデータはどこへ流れるのか、利益や知的財産はどこへ蓄積されるのかを見る必要があります。

ここで、前の記事で見た巨大プラットフォームの「権力」と再びつながります。プラットフォーム、データ、知的財産、そして市場のルールや事業の方向を決める意思決定機能を握ることで、世界各地で生み出される価値の一部を自らのもとへ集めることができるからです。

したがって、デジタル経済の空間的分業とは、単なる立地や役割分担ではありません。

地域間で「誰が価値を生み出すのか」だけでなく、「誰がその価値を獲得するのか」をめぐる構造でもあります。そして、中枢・基盤・利用という三つの機能の違いは、地域の役割の違いであると同時に、価値、利益、データ、知的財産、意思決定力がどこへ集中するのかを左右する地理的な構造でもあるのです。

まとめ――デジタル化は地域の役割を組み替える

シリコンバレーでは、新しい技術やサービスが生み出されています。熊本では、それを支える半導体が生産されています。印西では、データセンターがデジタルサービスに必要な計算基盤を支えています。そして北海道では、デジタル技術が農業へ組み込まれ、地域の価値へ変換されています。それぞれがデジタル経済の異なる機能を担っています。

デジタル経済では、技術をつくる場所、半導体をつくる場所、計算する場所、利用する場所が、地域を越えて結びついています。

しかし、重要なのは役割分担だけではありません。地域間では技術、計算能力、資金、データ、知識が行き来し、そのなかで価値や利益が特定の場所へ蓄積されることもあります。

だからこそ、デジタル経済の地理を見るには、「どこに何があるのか」だけでなく、「地域間で何が流れ、どこに価値が蓄積されるのか」を見る必要があります。

デジタル化は、場所をなくしたのではありません。場所の役割を分化させ、地域と地域を新しい形で結び直しているのです。

参考文献

ニック・スルネック(大橋完太郎・居村匠訳)『プラットフォーム資本主義』人文書院、2022年

ショシャナ・ズボフ(野中香方子訳)『監視資本主義――人類の未来を賭けた闘い』東洋経済新報社、2021年

猪俣哲史『グローバル・バリューチェーンの地政学』日経BP日本経済新聞出版、2023年

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